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冬の厳しい寒さに手がかじかみ、私は白い息を吹きかける。 新しい年、別れの年だった。 神社の境内で私が開いた手帳には、そっと挟んだ写真達。 気付いたら、こなたばかり集めていた。 私って馬鹿だな。 本当にそう思う。 友達に混じってはしゃぐこなたの姿── ──私だけのものならいいのに そんな風に思うなんて、本当に、私は馬鹿だ。 「お姉ちゃん?」 不意にかけられた声に、飛び上がりそうになる。 「おぅわっ?! つかさ、いつからここに?!」 「ついさっきだよー」 「いきなり声かけられたら、びっくりするじゃない!」 「へへ~、ごめん」 つかさは無邪気に笑う。悩みがなさそうでいいな、なんて思うのは、酷いかな? 今日は、初?詣の日だった。 実際には私達は巫女として初詣の日は働いていたので、三が日は過ぎている。 それでも、一緒に初詣がしたい、とこなたが私達に言ったのだ。 それだけで変に期待してしまう私は、やはりどうしようもなく愚かなのだった。 「こなちゃん達、おそいねー」 「まーたどうせ、ゲームで寝坊でしょ」 「でもお姉ちゃんさ~、どうしてこなちゃんの写真、そんなに集めてるの?」 「ぶほぅっ!?」 み、見られていた!? これはもう、こ、殺すしか……。 「お姉ちゃん!? 顔が怖いよ!?」 「……べ、別に集めてないわ。たまたま、あいつと一緒が多いから、そうなってるだけよ」 つかさにも、誰にも、自分の気持ちを知られる訳にはいかない。 私だけの秘密。 「ふ~ん、でもお姉ちゃん、ほんとこなちゃんのこと好きだよね~」 これは、いよいよ殺すしか……。 「目!? 目が怖い!? だってさっきもお姉ちゃん、こなちゃんの写真眺めてたから……」 「そ、そんなことないわよ!」 「お姉ちゃん、よくこなちゃんの話をするし……」 「そんなことない! この話、もうおしまい!」 無理に話を打ち切る。顔が熱い。 しかもそこへ、話題の主がやってきた。 「おーい、かがみん、つかさ~~」 こなたがこっちに向かって走ってきて、その背後にはみゆきの姿があった。 「お待たせ~」 「いや、予想よりは早いぞ。みゆきと一緒だし」 みゆきさんは、うふふ、と笑って私を見る。 「泉さん、かがみさんに早く会いたいと走ってしまわれて、少し汗をかいてしまいました」 「ちょ?! みゆきさん!?」 「なんだか羨ましいです。お二人は仲が良くて」 「も、もう、何してるのよこなた、恥ずかしいじゃない!」 本当は、嬉しい。 「みゆきさん、バラさないでよ~」 「うふふ、すいません。なんとなく漸く発言できたというか、今まで全く台詞が無かったというか、 私と二人きりよりかがみさんに会いたいとか酷いんじゃ? なんて全く思いませんが、バラしてしまいました。うふふ」 出番の無い人間に悲しみは尽きない……! 「「マジすいませんでした……!」」 出番ありまくりの私達は謝るしかなかった。 「いいんです、それより早くお参りしましょう。私、出番が増えますように、って神様にお願いするんです。うふふ」 切実過ぎる……! 私達四人は並んで神社に参拝し、賽銭を投げてお祈りする。 こなたは、何を願うのかな? そして、私は……。 「かがみんは、何をお願いするのカナ~~?」 「ちょ、ひっつくな! あんたこそ、何をお願いするのよ?」 「へへへ」 こなたは、にこっ、と笑った。 「これからも、みんなと一緒にいられますように、だよ!」 そういうこなたは真っ直ぐで、私は自分が嫌になる。 「受験とか祈っておかなくていいのかー?」 「うお?! 新年早々思い出したくないことをかがみが言ってくるよー!」 だって、私の願いは── ──こなたと一緒にいれますように、だから。 新しい年、別れの年が始まる。 新学期が始まる。 私達の高校三年間最後の季節。 私とこなたはまだ、ただの友達だった。 昼間に会えばふざけあい、軽口を叩き合う『親友』 それでいいんだ、って自分に言い聞かせようとしても、動揺する心は消えなくて。 こなた……。 目を瞑ると、こなたの姿が浮かぶ。 いつの間にか、ずけずけと私の心に踏み込んで、すっかり居座ってしまったあいつ。 気付けばこんなにも、好きになってた。 こなた…… どうしても声を聞きたくなると、受話器片手に理由考えて、無理矢理に電話してしまう。 「あ、こなたいますか?」 こなたの家に電話をかけると、ゆたかちゃんがこなたに電話を取り次いでくれる。 「お、どうしたんだい、かがみんや、最近よくかけてくるねー、私の声が恋しいかね?」 「んな訳あるか! 馬鹿!」 「いやいや、かがみんは意外と寂しがりやだからねえ、卒業も近いじゃん?」 「べ、別に、関係ないわよ」 「かがみんは可愛いねー」 「明日会ったら殴る」 私達はいつものように下らない話をする。 からかってくるこなたが辛くて、素直な気持ちをぶつけたくなって、でも、それは出来ない。 こなたはたぶん、私のことを友達としてしか、見ていないから……。 ねえ、こなた。 「かがみ?」 不意に訪れる沈黙。 私、こんなにこなたが好きなんだよ? 途切れる会話の中でこの気持ちに気付いてよ。 お願い。 私の胸が痛みで切り裂かれる前に。 「何でもない」 と私は笑った。 私とこなたは、まだ、親友の形から出る事が出来ない。 伝えたい言葉 たったひとつ 私はあの夜を無かった事に出来ない。 もう、自分の気持ちに気付いてしまったから。 こなたは、女の子同士とか、気持ち悪いのかな。 そういうケはないって言ってたこともある。 望みは絶望的で、私だけがこなたを好きで、どうしようもなくなっていく。 時間が、止まらない。 別々の進路を行く私達の時間はもうすぐ終わろうとしている。 だから私はこの気持ちを忘れなければいけないのだろう。 駆け足で過ぎていく時間の中で、こなたの姿が眩しく目に焼きつく。 どうしていいのか分からない。 私は時間においていかれないように走り出そうとする。 でもこなたへの想いが大きすぎて、私は、走り出す事が出来ない。 このままじゃ、卒業なんて無理だよ。 言わなきゃ後悔する? 言っても後悔する? 答えは、見えないままだ。 それでも、卒業の時は来る。 いつもの朝、制服に身を包んだ私は、結局、自分の想いを心の奥深くに沈める事にした。 女の子に告白されたって、きっと、こなたは困るもの。 だから、我慢するしかない。 「お姉ちゃーん、起きてるー?」 「いま行くー!」 私は今日、陵桜学園を卒業する。 時の流れの速さに逆らう事は誰にも出来ない。 いつもの通学路も、もう通る事のない道だと気付くと違って見える。 私の高校三年間は、不思議なくらい、こなたが傍に居た。 戻れない道、戻らない道。 「今日で卒業だね、お姉ちゃん」 「そうね……」 「楽しかったなー、高校生活」 色んな事があった。 でも、でもつかさの言う通りだった。 「うん、本当に楽しかった」 こなたがいて、私がいて、つかさがいて、みゆきがいた。 この三年間が本当に楽しい宝物だった事は、絶対絶対揺るがない。 きっと、永遠に忘れない。 夢みたいな時間。 「行こ、お姉ちゃん」 「うん……」 この道の先に、こなたが待っている。 私の高校生活を誰かに託すとしたら、それは、泉こなたしか居ない。 泉こなたに始まり、泉こなたに終わる、か。 何だか笑っちゃう。 私は、強く一歩を踏み出した。 卒業式は恙無く終了した。 長い長いその儀式の間、こなたはウトウトして先生に怒られたり、私達はただ黙々と今までの三年間をかみ締めてそこに居た。 貰った卒業証書は驚くほど軽いただの筒で、こなたはそれを引き抜いた時になる、ぽん、という軽い音で遊んでいた。 「私達の高校三年間、案外軽いね」 「そういうもんかもね」 紙一枚だけ入った、ただの筒。 たぶん、本当の卒業の証は、自分の内にしかないのだろう。 「終わっちゃった……か」 もう明日から、この校舎に来る必要は無い。 自分の教室で、桜庭先生の最後のHRを聞いて、それでお仕舞い。 でも私は何故か、立ち去りがたくて、暫くぼうっとしていた。 多分、私には、遣り残した事があるから。 でもそれは、永遠に遣り残すこと。 私の想像の中で、二人の女の子は想いを伝え合い、誰よりも愛し合い二人で居る。 現実では、ただの友達。 「こっちのクラスより、こなたのクラスに居た時間の方が長かったりしてね」 私は席を立ち、こなたのクラスに向かった。 多分もう、この時間なら誰もいない。 私だけが、ここで遣り残した事があったから。 そう思った。 教室の扉を開ける。 春の風の匂いがした。 開けられた窓から入る新緑の風。 長い長い髪がなびいた。 窓枠に腰かける少女がこちらを振り返り、照れたような笑みを浮かべる。 泉こなたが、まだ教室に残ってそこに居て、私を見ていた。 まるで、私とこなたに与えられた、最後の時間みたいに。 「あれ? かがみ、帰ってなかったんだ」 「あんたこそ……」 教室には、私達二人しか居なかった。 中に入って、思わず、鍵をかける。 この時間に、私達以外の誰も入って来れないように。 「なに? かがみ、感傷に浸っちゃった?」 「あんたは、どうなのよ」 「さすがの私も、制服着るのが最後だからねぇ、制服は萌えの固まりなのだよー」 「あんたはいつもそれだな」 軽口をたたきながらも、滲む心は隠せない。 こなたも、遣り残したこと、あるのかな? それが、それがもし、私とのことだったら、と夢見ずに居られない。 私は馬鹿だ。 「かがみんの、最後の制服姿GET!」 「あ、こら、何勝手に写メとってるのよ!」 携帯を取り上げようと、こなたに近づく。 すると、こなたがいきなり抱きついてきた。 「おおー、かがみんは柔らかいなー」 いつもなら、どこ触ってる、と怒って振り払う場面だった。 でも出来なかった。 いつも、いつも、こんな風にからかって。 私が、どんな気持ちだったか……。 「あれ? かがみん?」 私は、こなたを強く強く抱きしめかえした。 「え?え?」 最後の機会。 そう思うと私は、自分をコントロールできなくなっていく。 「覚えてる? こなた、あの、泊まった夜に、私とあんた、キス……したじゃない」 もう、引き返せなかった。 あふれ出した思いを、元に戻す事は、誰にも出来ないんだ。 「あれは……」 「ずっと! 忘れられなかった! なのにあんたは、いつもいつも、私をからかって! 私が、どんな気持ちでいたか、あんたには分かんないでしょ!? 好きになっちゃ駄目だって、ずっと、ずっと思ってたのに!」 ずっと、思ってた。 こなただけを、ずっと。 私達は光差す教室の床に倒れこむ。 「か、かがみ……」 「いつも、こなただけを見てた。一番近くで。優しくされるたびに切なくなって、冷たくされると、なきたくなって、気付いたら、私、こなたのこと……」 きっと私は、必死な顔をしているだろう。 でも押し倒されたこなたも、いつもは見せない焦った顔をしている。 私は、あふれ出した思いに押されるようにして。 こなたに口づけた。 こなたは、抵抗しなかった。 「好きなの、誰よりこなたが好きなの、卒業して、全部忘れようと思ってた。でも、あんたが、いつもみたいにからかうから、私……」 もう、こなたしか考えられない。 「かがみ……私だって、私だって!」 いきなり、こなたが私をはねのけ、押し倒した。 驚きに私は固まる。 「私だって、ずっとかがみが好きだった! どんなにからかっても、いつか彼氏が出来て、笑顔でかがみを見送らなきゃいけないんだって思ってた! あの夜、あんな風になっても、何かの間違いだって、そう思い込もうとしてたのに! かがみがそんな風に言ったら、私……! だって、だって女の子同士なんだよ!? みんなに、気持ち悪いって思われちゃう……」 私はこなたの眼を見た。 揺れる瞳。 私は、もう、迷わない。 「関係ないよ」 「え?」 「みんななんか関係ない。私にはこなたしかいないから……!!」 「かがみ……」 「こなた……」 そして私たちは、それが全く自然なことみたいにキスをした。 忘れることができないくらい優しく、そっと。 抱き合ったぬくもりが、強く強く私たちを包んでいたのを覚えている。 「かがみ……!」 もう、私たちは止まる事ができない。 求め合うのが自然な事みたいに、互いの体をまさぐり、服を脱がしていく。 「こなた……」 興奮に眩暈がして、私は何度も何度もこなたに口づけられながら、互いにその体を撫で、服を脱がしていく。 もう、戻ることはできない。どうしても、できない。 そして遂に互いに生まれたままの姿となった私たちは、互いに貪るように体を重ねた。 「かがみ……!」 「こなた……こなた!」 激しく、どこまでも落ちていくように私はこなたを求め、こなたもまた私を求めた。まるで二頭の獣になったように、私たちはただただ互いを求め合った。 互いの汗で濡れ合い、湿った音を隠しもせず欲情しあう私たちは、際限なく行為に没頭し、名前を呼び合い、口づけた。 そして遂に上り詰めるそのときに、痙攣するように互いに震えながら口づけあい、強く強く抱きしめあって私たちはその充実した幸福な感覚の中に落ちていった。 こうして、私達は、結ばれたのだ。 別々の大学に進学したけど、私達は変わらなかった。 今でもしょっちゅう会うし、仲も良い。 特にこなたに関してはその、恋人、同士だし。 「いやー、卒業すると何か終わっちゃう気がしてたけど、そうでもなかったねー」 「まあな、区切りがあると、変に焦っちゃうよな」 現実なんて、こんなものかも知れない。 「でもそのお陰で、こうしてかがみとラブラブ出来るよー」 「こら、ひっつくな!」 「えー、バカップルになろうよかがみー」 「い・や・よ、もう、油断するとすぐひっついてくるんだから」 いつものような私達。 少しだけ違うのは、もう私達の間にはいかなるひずみもなく、恋人という形に納まったこと。 きっと次にウサギの夢を見るとき、ウサギはキツネと結ばれ、いつまでもいつまでも末永く幸せに暮らすのだろう。 めでたし、めでたし。 だって、それが一番じゃないか? 「かがみ、新しいゲーセンがこんな所に!」 「もう、はしゃぐなよな」 「早く早く!」 私達は変わらない。 幾多の困難があっても、この先も、きっとずっと変わらない。 私はこなたの手を握り返して歩き出した。 今までよりも、ずっと素直な気持ちで。 コメントフォーム 名前 コメント GJ!!(´༎ຶོρ༎ຶོ`)b -- 名無しさん (2023-08-24 02 06 44) かがみんこなたと逢い引きですね!この恋続くと良いですね -- かがみんラブ (2012-09-14 22 44 27) 結婚式には呼んでくれー!! -- 名無しさん (2010-06-26 07 56 40) 続きあったんですね! 幸せになれて良かったよー!! -- 名無しさん (2010-06-25 19 51 37) なんかユメにみたシーンでした! すごいドキドキでした!! -- プリン (2010-02-08 20 18 24) 教室のシーンで谷口が再生された俺は負け組 -- 名無しさん (2010-01-22 20 49 16) リリカルで良かったgj! -- 名無しさん (2010-01-10 04 05 37) 作者様、4作にわたる大作ありがとうございます! 涙が止まりませんでした。 -- 名無しさん (2010-01-07 00 52 01) やったーっ、2人に幸あれ。 作者様、ハッピーエンドで泣ける作品をありがとうございます。GJ -- kk (2010-01-05 00 30 30) 投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください)
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「かがみ…」 学校も夏休みなある日、私はとある洋館に来ている。 「かがみぃ…」 今日はここでこなたとお泊りだ。もちろん二人きりで… 「かがみ…?」 なんで洋館なんかに来ているのかって?だってそれは… 「かがみぃ…っ!」こなたとの大切な二週間記念日だから… ~想いが重なるその前に(1)~ 「かがみん~!」 私を呼ぶ声がする。このちょっと気の抜けた可愛い声。 「あいつだな。」そう呟いて振り返る。小走りで近づいてくるまるで小学生のような小さい体。長い長いストレートの髪には鮮やかな蒼と飛び出る一本のアホ毛。そして私を見つめるエメラルドグリーンの瞳。どこをとっても私の一番のアイツ。 「こなた!?」 分かってはいたけれど少し驚いたような振りをした。 「やふ~かがみん!今日も一段と綺麗だね~。」 「い、いきなり何言い出すのよこんな朝早くからっ!しかも日本語間違ってないか?」 「まあまあ、細かいこと気にしないで~。この前あんなに愛し合った仲ではないか~。」 「なぁっ!!」 私の顔が真っ赤に染まる。朝っぱらからなに言ってくれるのよこいつは。 確かに一緒に寝たりして…き・きき・・キスとかしちゃったりしたけど…あ、愛し合うとかそんな先のことなんてしてないはず… あれ?でもでも、もしかして寝てる時に暴走しちゃたとか…?いや、そんなことは…でもひょっとして… 「あれあれ~?顔真っ赤にしてまた変な妄想してるのかな?かな?かがみはかわゆいね~。」 「う…あん、あぅ…」 なにも言い返せん…やっぱりこいつに弄ばれるのか… 「さあさあ、早く行かないと学校に遅れるよ。あと三日で夏休みなんだし気合い入れていこー!」 そう言ってこなたは私の手を握る。 「ちょ、ちょっと!誰かに見られでもしたら…」 「いいじゃん別に~。かがみんとはいつでもラブラブしたいのだよ!なんならこっちの方がいい?」そう言うとこなたは私な腕を引き寄せた。背の小さいこなたの顔がちょうど私の胸の位置にくる。いわゆる恋人組み?私に寄り添うこなたの表情はとても幸せそうだ。 「ね?いいでしょ?」 「…う、うん…悪くない…かな。」 「えへ~、デレかがみん全開萌え~。」 歩きながらふと上を見上げる。視界には突き抜けるような青い空。あと少しで夏休み。なにかいいことが始まりそうな、そんな期待を抱かせる青い青い空がそこに広がっていた。 …「お姉ちゃんとこなちゃん…どんだけ~」 コメントフォーム 名前 コメント
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さてはて、1月初旬と言えば、高校3年生にとってはセンター試験を間近に控えた時期であり、寸暇を惜しみ、寝食を蔑ろにしても勉学に励むことを義務付けられた悪夢のような年明けである。 勿論、有数の進学校である陵桜学園も例外ではなく、生徒、教師を問わずに試験対策に、塾、特別講義と走り回らねばならない。 故に、3年生のクラスは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた……訳ではなく、実際の高校生は割合気楽なもので、それこそ首都圏にある、日本名物の赤門を潜ろうとでも企んでいない限りは、普段とたいして変わらない。 学力に応じた所には入れればそれでいいさ。 さて、この物語の主人公である4人組も、一人を除いて、割と真面目に進路を考えてはいるが、何も昼休みまで勉強すること無いだろうと、授業開始までの休み時間、雑談に終始していた。 そして、その真面目に進路を考えていない一人、泉こなたの発言が、今回の物語の切欠となったわけである。 「あ~、この時期って、センターや入試で勉強ばっかで嫌になるよね~」 そう言って机に突っ伏すこなた。その表情は完全にだらけきっており、言葉通りの緊張感など、微塵も感じさせない。 「そういうことは、真面目に勉強してる奴が言いなさいよ」 と、こなたの台詞にツッコミを入れるのは柊かがみ。この二人は傍目からも仲が良すぎるほどの親友で、仲の良さから生まれたある感情が、冬休みと、始業式の日ににちょっとした事件を引き起こしたのだが、ここでは割愛させていただく。 「でもさ、勉強勉強って、周りが言うじゃん?そういうの聞くとさ、却ってやりたくなくなるんだよ」 「まぁ、分からなくは無いけどね。家でも母さんや姉さん達が勉強してるかって、うるさいの何の。ちゃんとしてるっていうのに」 「でしょ?あ~、こんな環境じゃ勉強できないよ~」 さて、こういった発言は、勉強をしたくない人間が言う、所謂言い訳。自分のやる気のなさを他の要因に求める、逃げの一手。 だが、この逃げの一手を、その言葉尻を捉えて、自らの望む結果へと繋ぐことが出来る程頭の切れる人間が、ここにいた。 その名は高良みゆき。成績は学年トップクラス、運動も出来る、容姿端麗、ドジッ娘属性(こなた談)を持つ、隙の無い、まさに完璧超人だ。 そして、そのみゆきは、こなたの言葉を聞いて、こう会話を繋げた。 「確かに、今は色々と騒がしい時期ですからね。そうですね、もし、よろしければ今度の連休にでも、気分転換をかねて、遠出をして、勉強をするというのはどうでしょう?」 「えっ、どこに行くの?」 その言葉に反応したのは柊つかさ。かがみの双子の妹で、こちらも天然(こなた談) 専門に学校に行くつもりなのに、わざわざセンター試験を全科目受験するという、ドジッぷりを発揮して、姉であるかがみ他、担任の黒井ななこを呆れさせている。 つかさの疑問に、みゆきはこう答えた。 「みなみさんのお宅には別荘があるのですが、そこを借りて勉強合宿をするというのはいかがでしょう?」 ここで言うみなみとは岩崎みなみ。みゆきの家の近所に住み、姉妹同然の付き合いをしている。ちなみに、ものすごい金持ち。 さて、高校生が集まって勉強合宿なんて開いても、当然その目的から脱線するのは日の目を見るより明らかだ。 特に、こなたがいる限り勉強という趣旨はマッガーレ、という状態になるだろう。 だが、それを分かっていながらみゆきが提案したのには意味がある。こなたとかがみ、二人は親友だが、同時に互いに恋心を抱いている。そして本人達には自覚が無いときたもんだ。 第3者が後押しをしなければ、互いの気持ちに気が付くことは無いだろう。 だが、同性愛という壁が立ちはだかっている以上、そのまま「お二人は相思相愛です」なんて言うことは、どこかで他人に甘えることを生み、関係に歪みを作る。 故に、みゆきは切欠を与えることのみで、二人には自らの意思で壁を越えてもらおうと考えた。そして、環境を変えての泊り込み、これは良いチャンスになると考えたのだ。 「いいね!やろうやろう!!」 みゆきの提案に、真っ先に食いついたのはこなただった。つかさも、そしてかがみも割りと乗り気な顔をしている。 手応えあり、か。みゆきはとりあえず上手くいったことにふう、と溜息をついた。 「珍しいわね、みゆきが溜息をつくなんて?」 こなたに完璧超人と言わしめるみゆきが溜息をつくとは。かがみは興味本位で、軽いノリで聞いてみた。と、みゆきは、 「ええ、勉強が忙しいというのもありますが、最近、ある人達がお互いの気持ちに中々気が付かないのが歯痒くて」 「ふ~ん。それって、誰のこと?」 かがみが聞くと、みゆきは微かに目を細めながら薄く微笑み、 「さて?誰が、誰に、誰の事を気にしているのでしょうね」 とだけ答え、前髪を指で爪弾いた。 さて、その日の帰り道。冬の夕暮れは早く、例えば学校を4時に出たとしても、既に天の6割は茜色に染まっている。 更に言えば、寒い。そんな時にわざわざ外出しようなんて思う人間は、夕方の特売狙いの奥様方か、学校帰りの学生が殆どではないだろうか。 故に、道に人影などなく、こなたとかがみの影だけが長く長く、舗装された道路に伸びていた。 「いやぁ、二人だけで帰るのなんて久しぶりだね~」 そう言ったのはこなた。それを聞いてかがみも、 「そうね、冬休みは殆ど会わなかったし、最近は進路相談やら補習やらで忙しかったからね」 と、頷く。つかさとみゆきはかがみが言った通り、みゆきは進路相談、つかさは補習に引っ掛っていた。 こなたも成績で言えば、補習に引っ掛りそうなものだが、どうやってすり抜けたのか、かがみは微妙に怪しんでたりするのだが、一緒に下校する、という状況がその疑問を掻き消す心の高揚を生み出していた。 「しかし、みゆきがあんな事を言い出すなんてね」 みゆきの勉強合宿提案は意外だった。だが、根を詰めすぎると良くないのも事実。やはりみゆきは深いな、とかがみは思う。 「そだね~。ま、みゆきさんも遊びたいんじゃないかな」 「あんたと一緒にするな!」 と言っても、流石にこの時期にグッズを買いに行かない辺り、こなたも常識を弁えているのだが、ツッコまずにはいられない。 ふと、一陣の風が吹き抜けた。陵桜には指定のコートがあるが、着ていても寒いものは、寒い。 「ぶへぇっくしょぉい!!」 盛大にくしゃみをするこなた。その後、体をブルっと震わせると「お~、寒」と呟いた。 そんなこなたの前に、差し出されるものがある。化学反応によって熱を帯び、携帯することで体を温める、所謂、 「はい、ホッカイロ」 「ふぇ?」 「この時期に風邪引いたらやばいでしょ?体調管理はしっかりしなさいよ」 そう言ってかがみは、こなたの手に懐炉を握らせた。 ――あ、まただ。 こなたは、思う。何だろう、この気持ちは?かがみといると、胸がもやもやして、でも甘酸っぱくて、キュウってなって、それでも、嫌じゃない。この気持ちは……。 ――ブルルルル。 突然のバイブ音に、こなたはハッと我に帰る。見れば、かがみが携帯を開いている所だった。 「あ~、つかさからだわ」 そう言って、返事を打ち始めるかがみ。その携帯には、以前、こなたがあげた、ストラップが付いている。 いいもの見つけた。こなたは、にやぁ、と口を歪めると、 「それって、私があげたストラップだよね?ちゃんと付けてるんだ」 と言った。聞いたかがみは、ビクッとしたが、 「あ、あの時大事にするって、言ったじゃない。だ、だからよ。こなたは、付けてるの?」 「モチのロンロン。じゃ~ん!!」 取り出した携帯、しっかりと付いている。二人で一つのストラップ。 さてはて、こなたとかがみの顔が赤いのは夕暮れのせいか、寒さのせいか……それとも別の要因か。 長く長く伸びた影は、日の加減で重なって、見えた。 1月11日へ続く コメントフォーム 名前 コメント
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さて、そろそろいいかな? 頃合を見計らって私は体育館裏へと向かった。 今回ばかりは予想がしづらい。五分五分ってトコかな? 来ていてほしいような、でもなんとなく来ていてほしくないような……。 あ。 ……いた。 いつも通りの、というか一時間ほど前に別れたばかりのツインテールの後姿。 こっちとしては期待通りの行動で嬉しいはずなんだけど、でもなんとなく寂しい気持ちもするのはどうしてだろうね? よくわからないモヤモヤを胸に抱えつつ、私は努めて明るく声を出した。 「やふー! かーがみん!」 とにもかくにも、私のドッキリラヴレター大作戦はここでネタバラシ。 あんまり引き伸ばすようなもんでもないしね。 「…………」 かがみは黙ったまま、私に背を向けている。 あれれ? てっきり、顔を真っ赤にして『な、なんであんたがここに!?』とか言うのを想像してたのに。 「…………」 ……ひょ、ひょっとして。 嫌な汗が背中を伝う。 「か、かがみ……?」 怒ってる……? 段々雰囲気が重たくなってくるのを感じながら、私は懸命に言葉を探した。 だが、次に口を開いたのはかがみの方だった。 「やっぱり……あんただったのね」 やっぱり? ってことは……。 「な、なんだ。バレてたんだ」 「……あんたの字くらい、一目見れば分かるわよ。この三年間で何回も見てきたんだから」 「あ~……そりゃそうか」 抜かったな。筆跡くらい変えるんだった。 まあでも最初からバレてたんなら、別にそんなに怒ってもいないよね……って、あれ? かがみはいまだに、私の方を見ようとしない。 私に背を向けたまま、じっとその場に立ち尽くしている。 「……? か、かがみ?」 「…………」 「……えっと……」 どうしよう。やっぱり怒ってるのかな? とするとここは、素直に謝ったほうがいいよね? 高校生活最後の日に、こんなくだらないことで親友と仲違いなんて、馬鹿らしいにも程がある……。 そう思い、私はこほんと咳払いをした。 大丈夫。かがみのことだ。 誠意を込めて謝れば、きっと笑顔で許してくれるはず。 私が謝罪の言葉を述べようと口を開いた瞬間、小さな呟きが私の耳に届いた。 「……で、話って……何なのよ」 ……。 え? 「……あるんでしょ? 私に、その……話が」 「…………」 私は一瞬、かがみが何を言っているのか理解できなかった。 だが、彼女が私に謝罪を要求しているわけでもなければ、そもそも怒っているわけでもないということに気付いた時、全てを理解した。 ……誤算だった。 手紙の差し出し主が私だと気付いた時点で、当然それは『嘘』であるとかがみは気付く。 その前提があったからこそ、私はこの作戦を思い立ったのだ。 だがもし、彼女が別の解釈をしたのなら。 手紙の差し出し主が私だと気付いてなお、それを『嘘』だと思わなかったら――。 それは、つまり……。 今、私には二つの選択肢が与えられた。 まず一つ目は、最も現実的で、かつ平和的な選択肢。 彼女を騙したことを謝罪し、全部『嘘』だったのだとネタバラシをする。 ついさっきまで、私にはこの選択肢しかないはずだった。 しかし今、二つ目の選択肢が追加されてしまったのだ。 それはつまり、この『嘘』を『嘘』でなくする、すなわち『本当』にしてしまうという、極めてリスクの高い選択肢。 永遠に続くとも思える沈黙の中、私が選んだ選択肢は――……。 終 コメントフォーム 名前 コメント (^_-)b -- 名無しさん (2023-05-11 13 16 19) 二つ目を選べ〜!! -- 名無しさん (2010-07-20 20 56 48) 続き待ってます(*´∇`*) -- ハルヒ@ (2008-07-19 15 02 21) さあ続きを書く作業に戻るんだww -- 名無しさん (2008-07-18 13 58 14) 待て待て待てwww 続きを激しく希望する -- 名無しさん (2008-07-18 09 36 12) 続きが全力で気になるw -- 名無しさん (2008-07-13 22 26 11)
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こんな話を知っていますか? と不意にゆきちゃんがお話を始めた。 「あるところに、クマとキツネとウサギがいました。彼らはある時、行き倒れ ていた旅人を見つけて、その旅人を助けることを決めたんです。 クマはその力を活かして魚を取ってきました。キツネはその知恵を活かして 果物を取ってきました。けれど、無力なウサギは何も取ってくることが出来ず、 何も旅人に与えることができなかったんです……」 「そっ、それで、ウサギはどうしたの?」 何故ゆきちゃんがこんな話を始めたのかは分らない。けれど、私はウサギが どうしたのか気になった。 「つかささんは、どうしたと思います?」 けれど、ゆきちゃんは私の質問を質問で返してきた。 「えっ、えっ、その、あの……」 わからない。だから私は口ごもるしかなかった。 「……ウサギは火に飛び込んで、自分を食料として旅人に与えたんです」 ゆきちゃんは普段とは比べ物にならない低い声で、端的にそう言った。 「……ゆきちゃん……どうして、そんな話をするの?」 私の声は涙声になっていた。 私は最近様子がおかしいお姉ちゃんのことで悩んでいた。一生懸命考えたけ れど、どうしていいのか分らなかった。だから、ゆきちゃんの家にやって来て 相談した。 まだ大学入試が終わっていないから、こなちゃんには心配をかけられないし、 なによりゆきちゃんならきっと助けてくれると思ったから。 なのに、悩みを打ち明けるにつれてゆきちゃんからはいつものあたたかな笑 顔が消えていって、そして、突然こんな話を始めた。 涙が溢れてくる。どうしてこんな話をするのだろう。前に、こなちゃんがみ んなを動物に例えた話をゆきちゃんにも教えてあげた。だから、ゆきちゃんは 分っている。ウサギが誰のことを指しているのか。 「どうして、ゆきちゃん? どうして困っている私に、そんな意地悪な事を… …言うの?」 私は我慢ができなくなり、声を上げて泣きだしそうになったその時だった。 不意にあたたかなぬくもりに包まれたのは。 それは、私がゆきちゃんに抱きしめられたからだった。 「……ごめんなさい、つかささん」 「……ゆきちゃん?」 頭が混乱して、私は何がなんだか分らなかった。だから、ゆきちゃんの次の 言葉を待った。 「……私は、かがみさんが何を悩んでいるのか知っています。そして、その原 因の一端は……間違いなく私にあるんです……」 「えっ? ゆきちゃん、どういうこと?」 ますます混乱してそう尋ねると、ゆきちゃんの抱きしめる力が少しだけ強く なった。 「……つかささん、話を聞いてください。理解できないかもしれませんし、嫌 悪するかもしれません。けれど、力を貸してください。かがみさんを救うため に……」 「……お姉ちゃんを、救う?」 ゆきちゃんが何を言いたいのかはわからない。けれど私は、ゆきちゃんも私 と同じ様にお姉ちゃんのことで悩んでいたことがわかった。 「はい。その話を聞いて、私の事を嫌ってもかまいません。けれど、かがみさ んを先ほどの話のウサギに…しないために、どうか……力を…貸して…くださ い……」 顔を見上げた私の頬に、ゆきちゃんの瞳からあたたかなしずくが落ちてきた。 そして、ゆきちゃんは私を抱きしめたまま声を上げて泣き出してしまった。 困った私は、泣き止まないゆきちゃんを落ち着かせようと背中を優しく撫で た。 『「守る」という事』 「何が「守る」よ! そんなに軽々しく言える事じゃないでしょう!」 食後の一家の団欒は、私の怒声と共に終わりを告げてしまった。 「……なっ、なにむきになっているのよ、あんたは!」 まつり姉さんの言葉に、頭にのぼった血がすぅーっと引いていくのが分った。 そう、まつり姉さんの言うとおりだ。なんということはないテレビドラマの 一つのシーン。何事もまじめに取り組もうとはしない主人公が、恋人に涙なが らに引っ叩かれて改心し、君の事を一生守りつづけると告げるシーンが流れた だけ。 そして、まつり姉さんが、こんなこと言われてみたいと言っただけ。 ただ、私は一度引っ叩かれたぐらいで改心して、守り続けるなどと軽々しく 言うその主人公が好きになれなかった。だから、「そんなにぺらぺら「守る」 なんて事を言う男なんてろくなもんじゃないわよ」とつっかかってしまった。 そして言い争いをしているうちに、怒声を上げてしまった。ただそれだけ……。 「お姉ちゃん……」 「どうしたんだい、かがみ?」 つかさやお父さん、いのり姉さん達みんなが私を心配そうに見ていた。 「……ごめん。まだ入試のテンションが抜けないみたい……。今日はもう休む わ……」 いたたまれなくなり、私は皆にそう告げて立ち上がった。 「ごめん、つまらない事でむきになってた」 とまつり姉さんに謝りはしたけど、「まちなさい、かがみ!」という言葉を背 中に受けても、私は振り返ることなく自分の部屋に戻った。 部屋に戻るなり、私はそのままベッドに転がった。 「……だめだ。こんなことじゃ……」 そう声に出して自分を叱咤しても、何もする気になれない。 ふと何とはなしに視線を横にやると、枕元においてあった携帯電話が着信を 知らせていた。 携帯を開くとメールが1件来ていた。送信者はこなただ。 メールを開くと、 『いよいよ明後日が本番だよ! 大丈夫。かがみんへの愛のために、今度こそ 絶対合格するから! だからさ、とりあえず試験が終わったら私とデートして ね! 自分で決めた事とは言え、かがみ分が不足しているからさ』 いかにもあいつらしいメールだった。 「まったく、あいつは……」 私は苦笑するしかなかった。 私は何とか第一志望の大学に合格する事ができた。けれどこなたは第一志望 の大学に、私と同じ大学に合格する事はできなかった。 でも、こなたは本当に頑張ったと思う。3年生になってからだったとは言え、 今までアニメやゲームに費やしていた時間の全てを勉強につぎ込んで頑張った。 ただ私と同じ大学に行くために。……それだけを目標に。 私は返信メールに、気を抜かないで頑張る事と体調管理をしっかりする事を 自分でも細かすぎるだろうと思うくらい書き込んだ。そして最後に、『O,K よ』と書き込み、送信した。 すぐにメールが返ってきた。 『大丈夫だよ。心配性だな~、かがみんは。でもありがと。かがみんと楽しい デートをする妄想を糧にして頑張るよ』 そんなメールに、猫口で微笑むこなたの写真が添付されていた。 久しぶりに見るこなたの姿に、少しだけ気持ちが和らいだ。 第一志望がダメだったこなたは、第二志望校の試験勉強に集中するために、 試験が終わるまで私たちには会わないと決めてしまった。だから、もう2週間 近くこなたに会っていない。 「……気を抜かないで頑張れって、メールしたばかりじゃない」 寂しさに耐え切れず、電話をかけようとした自分に苦笑する。 携帯を閉じ、それをポンと枕元に放り投げて、私は天井を見上げた。 「……「守る」か……」 無意識に私の口からそんな言葉が漏れた。 そして沈黙。この部屋には私しかいないのだから、それは当然のこと。けれ ど私はその沈黙に耐えられなかった。 「私にできるのかな……ねぇ、こなた。私はあんたを守っていけるのかな?」 小声で、私はここにはいないこなたに尋ねた。 返事はない。 「ねぇ、答えてよ、こなた。かがみなら大丈夫だよって言ってよ」 返事はない。……残酷なまでの静寂だった。 「……当たり前じゃない。何を考えているのよ、私は……」 力なく苦笑する私の頬を涙が伝って行く。だめだ、と思っても止める事がで きない。 「……強くならないといけないのに。私が強くなって、こなたを守らないとい けないのに……」 そう、『愛しい』こなたを守るために、私は強くならなくちゃいけないんだ。 ……誰も助けてはくれないのだから……。 ★ ☆ ★ ☆ ★ あの時の私は自分の事ばかりで、ただ知っている知識を口にしただけだった んです。 あの人の事を思っての言葉ではありません。ただ拒絶をしただけなんです。 ……どれだけあの人は悩んだのでしょうか? 誰にも相談できない難題を抱 えて、たった一人で悩んだのでしょうか? そして、どれだけ悩んだ末に、私に……私なんかに相談を持ちかけたのでし ょうか? 相手の事をまるで考えない自己中心的な私の言葉を聞いて、あの人はどれだ け絶望したのでしょうか? 私はつかささんに全てを話しました。話しているうちに、あの人の、かがみ さんの心をどれだけ傷つける事を、そして追い詰める事を言ってしまったのか、 今更ながらに思い知らされて……自分の愚かさを再認識させられて……。 私は何度もつかささんに謝りました。「ごめんなさい、ごめんなさい」と何 度も。直接かがみさんには謝れないから。あわせる顔がないから。 ……いいえ、違いますね。私はかがみさんに会うのが怖いから、つかささん に謝って許してもらいたかったのだと思います。少しでも自分が楽になりたい から……。 「……大丈夫だよ、ゆきちゃん。私はゆきちゃんを嫌ったりしないよ」 優しい声。そして、私に向けられるつかささんの顔は笑顔でした。 つかささんは私の懺悔を聞いても、私に笑顔を向けてくれました。 私の思っていたとおりに……。 その笑顔で私は気持ちが楽になりました。 ズルイですよね? 私はつかささんが許してくれる確信がありました。 つかささんは優しいから、こんな私のことも許してくれると思っていました。 期待をしていました。 きっと、あの時のかがみさんも今の私と同じだったのだと思います。かけて ほしかったのは励ましの言葉。向けてほしかったのはあたたかな笑顔。 思い起こしてみると、『みゆき、あんたを親友だと思うから話すんだけど』 と、あの時かがみさんはそう前置きをしてから私に話してくれたんでした。 私を親友だと言ってくれたんです。私なら苦しみを和らげてくれると信じて くれていたはずです。なのに、それなのに私は……。 ★ ☆ ★ ☆ ★ 大学入試を終えるまでは良かった。合格に向けて一心不乱に勉強をしていた 時は、余計な事を考えている暇はなかったから。 考えていた事といえば、合格後のこなたとの楽しいキャンパスライフ。広い 部屋を借りての共同生活。きっと楽しい日々だろうと私は胸を膨らませていた。 けれど現実は上手くはいかず、こなたは試験に落ちてしまった。 私もショックを受けたけれど、落ちた当人であるこなたの落胆は酷かった。 合格発表のあの日、ネットを利用して自分の不合格を知ったこなたは、私の 家にわざわざやってきて、私に謝った。 「……ごめん、かがみ。私、落ちちゃった……。でも、でもね、まだ第二志望 に合格すれば、かがみといっしょに居られるから。一緒の大学には行けなくて も……ほら、もともと学部が違ったら講義も別なのがほとんどだし……。 次こそ頑張るから。絶対に、絶対に合格するから」 涙を見せまいと無理に笑おうとするこなたを私は抱きしめた。 必死に涙を堪えているこなたがあまりにも痛々しくて、かける言葉が見つか らなくて……私は抱きしめる事しかできなかった。 その時、私の腕の中で嗚咽が漏れるのを我慢しながら泣いているこなたを見 て思った。これから先に何があろうと、私がこなたを「守る」のだと。私が守 っていかなければならないのだと。 こなたのこんな顔を見たくない。泣き顔や悲しい顔は見たくない。笑ってい てほしい。そう思ったから……。 こなたを落ち着かせてから、私は手始めにこなたの第二志望校の入試対策を 行おうと考えた。幸いな事に試験までは2週間以上余裕があったし、この1年 でこなたはしっかりと全ての科目の基礎を身に着けているのだから、あとはど うしても苦手な部分を潰していけば良いだけのはずだ、と。 しかし、その事を話すと、こなたは首を横に振った。 「気持ちはすごく嬉しいけど、大丈夫だよ、かがみ。それくらいの事なら私一 人でも大丈夫だから……」 「でも……」と私は食い下がったけれど、 「お願い、かがみ。私を信じて……」 そんなこなたの懇願に、同意せざるを得なかった。 「ありがとう、かがみ。かがみのおかげで元気が出てきたよ。愛の力は偉大だ よね~」 私の同意に、先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら、こなたは軽口を言 って笑った。いつものこなたの笑顔。私の大好きな笑顔だった。 「ばっ、バカ、そういう発言は自重しろ!」 「真っ赤になったかがみん萌え~」 いつもと同じ緊張感のないやり取りがとても嬉しかった。 だからその日は笑顔でいられた。笑顔でこなたと別れられた。幸せな気持ち でいられた。……だけど、それは長くは続かなかった。 合格発表から3日後。たった3日なのに、私はこなたに直接会う事ができな いことが寂しくて仕方がなかった。 予定をたくさん入れていた。まずは合格祝いに、こなたと二人で少し値のは るレストランで昼食を食べて、帰りはゲマズに行って買い物をする。随分とア ニメやマンガを絶っていたこなたは、目を輝かせて嬉しそうに商品の物色を始 める。私はそれを「やれやれ…」とか言いながら……。 「……しかたないわよね。こなただって我慢しているんだから」 こなたの事を「守る」と決めたのに、私の方が先にまいってしまった。こな たに会えないことが辛くて仕様がない。 「2週間とちょっとじゃない。すぐよ、すぐ」 そう自分を言い聞かせる。 試験が終わればいくらでも遊ぶ事ができる。そして春になれば、こなたとの 共同生活を始めるんだ。 2週間くらいあっという間に過ぎていく。寂しいけれど、私はこなたを信じ て待っていればいいんだ。 「でも、もし今度も駄目だったら……」 自分が発したその言葉に、私の体は凍りついた。気落ちしているから思考が ネガティブになっているだけだと思おうとしても、一度芽生えた不安は消えて はくれなかった。 「……大丈夫よ。もし駄目でも、私と一緒に暮らしながら予備校に通えば……」 支離滅裂な事を言っているのは自分が一番分かっていた。 仮にこなたが予備校に行く事になったら、私の両親もこなたのお父さんも共 同生活を認めてはくれないはずだ。当たり前だ。大学も勉強をする場に違いな いがある程度の自由はある。けれど予備校は試験に合格するためだけに行くと ころ。翌年の合格のために必死になって勉強をする場所だ。予備校の寮かな にかに入って、勉強するのが本来の姿だろう。認めてくれるはずがない。 不安な思いが膨らんでいく。こなたと離れ離れになるかもしれない。最低で も1年はこなたと離れ離れになる……。たった3日会えないだけで寂しくてた まらないのに。それが1年も続くと思うと……。 体が震えだした。怖い、怖くて仕方がない。 「そうだ、私も予備校に通えば……。もっと上の大学を目指すと言って……」 私の思考は、すでに最悪の事態が現実となる事を前提としていた。けれど私 はその事をおかしいと思うこともできなかった。 「……お父さんやお母さんたちがあんなに喜んでくれたのに、そんな事できる わけないじゃない」 それに、4人も子供がいる我が家の財政状況を考えると、そんな余計なお金 をかけられるはずがない。 その後も色々と浅知恵を出しては自分で否定する事を繰り返した。 ……八方塞だった。もしもこなたが試験に落ちてしまったら、何も手立ては ない事が分った。そして同時に自分がどれだけ無力なのかが分った。 「守れない。私はこなたを守れない……」 悔しくて涙がこみ上げてきた。私はこなたを守りたいのに。 「頑張らないと……」 私がどうにかしなければいけない。今のままでは何もできないから。もとも と私とこなたの関係は世間に認められるものではないのだから。 そう決意を固めようとした。それなのに、私のネガティブな思考は、 「守っていけるの? 私が……」 そうやってすぐに不安を増幅させる。 「私が守っていけるの? 世間の冷たい目から、こなたを守っていけるの?」 今後大学生活が終わっても、私はこなたとずっといっしょにいたい。一緒の 人生を歩んで行きたい。けれど、私は本当に守れるのだろうか……。 不安は広がっていき、私の心を侵していった。 それから何日かは何とか耐える事ができた。夜はほとんど眠れなかったけど、 頑張って普段の私でいようと努力した。けれど、 「お姉ちゃん、心配なのは分かるけど、こなちゃんならきっと大丈夫だよ」 ある時つかさにそう言われたから、私は普段どおりの私ではいられなかった ようだ。 その時はつかさに話をあわせて、「そうなのよ。一応友達だから、心配は心 配というか……」とか言っておいた。 「他に何か困っている事があるなら言ってね。私じゃ役に立たないかもしれな いけど……」 でも、つかさにそう言われてしまった。つかさは妙に鋭いところがあるから、 私が別の悩みを抱えているの感じ取ったのかもしれない。 ……その日までが精一杯だった。日が経つにつれて積もる不安は、私の精神 力の許容量を超えようとしていた。 一人で悩むのはもう限界だった。けれど一生懸命頑張っているこなたに余計 な心配を掛けたり、プレッシャーを与えたくないと思った。 つかさにもこんな事は相談できない。今まで秘密にしていた私とこなたの関 係を知ったら混乱してしまうだろうし、つかさは嘘をつくのが下手だから、誰 かに私たちの関係を漏らしてしまうかもしれない。 だから私は、信頼できる親友に相談する事にした。 そう、みゆきなら助けてくれると思ったから。 ★ ☆ ★ ☆ ★ 相談したい事があるとかがみさんから連絡があり、私はお茶菓子と紅茶を用 意して待っていました。 かがみさんの家から私の家までは距離があるので、どこかで落ち合う事にし ませんかと提案したのですが、人目があると話しにくいことだからと断わられ ました。 私はかがみさんの相談したい事とは、泉さんの事だと推測していました。 私にもかがみさんは親しい友人として接してくれていますが、泉さんは別格 な存在だと分っていました。 私やつかささんといっしょに居るときも、かがみさんは泉さんに話を振る事 が一番多いんです。もちろん、私はそのことに不満なんてありません。むしろ お二人のあたたかなやり取りが大好きでした。 お二人は本当に仲が良くて、大学へ進んでからもいっしょにいたいと、同じ 大学への進学を決めたほどです。あいにくと、泉さんが残念な結果になってし まいましたが、近くの第二志望校への合格に向けて頑張っているはずです。 だからきっと、かがみさんの相談事というのは、泉さんの手助けをしたいと いう事だと思っていました。そして、そのような相談事であれば、微力ながら 喜んでお手伝いするつもりでした。 本当に私は、お二人の「大切な友人」へのあたたかな心遣いとやり取りが大 好きだったんです。 約束の時間どおりにかがみさんは我が家を訪ねて来られました。 部屋に案内し、お茶菓子と紅茶をお出ししました。そして、かがみさんは私 に相談事を話して下さいました。それは私の考えていたとおり、泉さんの事で した。 ……けれど、その内容は私の想像していたものとは次元が違っていました。 「……ごめん、今まで黙っていて。でも、真剣なの。私もこなたも……。だか ら、お願いみゆき、力を貸して。私一人じゃ、不安で仕様がなくて…どうした らいいのか分らないのよ……」 そうかがみさんが締めくくったことから、ようやく話が終わった事が分りま した。けれどあまりにも突飛な内容に、私は唖然とするしかありませんでした。 私は、かがみさんと泉さんは大切な友人、つまり「親友」だと思っていまし た。けれど、それは違うと、お二人は高校3年生の春から、恋人」なのだとい うのです。 「……同性愛…ですよ……」 困惑する私の思考は、言葉となって口から出てしまいました。 かがみさんは、「うん、分っている」と頷きました。 「……同性を愛する思考をお持ちの方がいらっしゃる事は知っていました。で すが……」 「あっ、その、やっぱり引くわよね……」 かがみさんが顔をうつむけて言いました。 同性愛者と呼ばれる方たちの事は知識としては知っていました。そして、そ のような方たちのことについて、私はそのような思考の方もいるんですね、と しか思っていませんでした。 けれど、私の友人がそのような思考を持った方だった事を知って、私は戸惑 い、正常な判断をする事ができませんでした。 何故かがみさんが、何故泉さんが……。ぐるぐると頭の中で何度も何故と問 い続けて……私はゆっくりと口を開きました。 「……同性愛というものの事例はいくつもあります。国によっては同性での婚 姻を認めるところもあるほどです……。けれど、それは少数の意見です。大半 の人間はその様な思考には否定的です……」 何故こんな事を言ってしまったのでしょう。けれど、私の口は止まりません でした。 「生物が生きてなすべき最大の事柄は、種の保存です。ですから、非生産的な そのような思考が多数派にはなりませんし、なってはいけないんです。 ……禁忌とされる事柄は、禁忌であるゆえに人の好奇心を刺激します。です から、性倒錯の事柄を題材にした娯楽も存在するのだと思います。……けれど、 それは虚構の中でしか許されないと……思います」 声は震えていましたが、私は淡々と一般論を話していました。 「……分って…いるわよ……」 かがみさんの震えた声を聞いても、やはり私の口は止まりませんでした。 「誰からも理解されない状況は、強いストレスになります。……そしてそのは け口になるのは、近くにいる存在か、自分自身だけです……。 お願いです……最悪の…事態になる前に……」 ダン! とテーブルを叩く音が響きました。 「……もうやめて……もうやめてよ! 分っているわよ、そんなこと! でも、 私は絶対にこなたを傷つけたりなんかしないわよ! 私が、私がこなたを守る んだから!」 涙を流しながら、そうかがみさんが叫びました。 けれど、私は涙声になりながら話を続けました。 「…無理です……それは、無理です。かがみさんは、泉さんを守りたいと仰っ ていました。ですが、「守る」ということは並大抵の苦労ではないと思います。 わずかの間……想い人に会えないだけでも精神的に追い詰められて、私に、 他の人にすがってしまうかがみさんが、お一人で泉さんを守る事は…できない と……思い…ま……す。お願い…ですから……いつもの、お二人で……いて… …下さ…い……」 自分の言葉で私はようやく理解しました。何故こんな事をかがみさんに言っ ていたのかを。 ……私のエゴだったんです。私は、大切な友人と過ごしたこの三年間の日々 を、何よりも大切な宝物だと思っていました。大好きだったんです。かがみさ んたちとの、掛け替えのない友人たちとの毎日が。 かがみさんと泉さんの関係を肯定してしまったら、私の大切な思い出が壊れ てしまうと思ったんです……。だから、否定したかったんです。拒絶したかっ たんです。高校生活が終わっても、何年経っても、私はずっとずっと大切な友 人でいたかったんです。だから、だから私は、私の思い出の中のかがみさんと 泉さんでいてほしかったんです。そんな事が出来るわけがないのに……。 私は泣き崩れました。ただ悲しくて、悲しくて……。 好き勝手な事を言って、我儘を言って、そしてただただ泣いている私を、か がみさんはどんな目で見ていたんでしょうか? 泣きじゃくる私の頭を不意に誰かが撫でました。この部屋にいるのは私とか がみさんだけなのですから、それが誰なのかは考えるまでもありませんでした。 「ごめん、バカな相談をしたわ……。みゆきはなにも悪くないから、泣かなく ていいよ。……私の事、嫌って。……私が全部悪いんだから。みゆきは悪くな いんだから。ねっ?」 かがみさんはとても優しい声でそう言って、弱々しく笑いました。 「みゆきに迷惑をかけたりしないから。最悪の事態になんてならないから。私 が強くなる。私が強くなってこなたを守るから。ごめんね、困らせて……」 かがみさんはそう言って部屋を出て行きました。 私はただ泣いていました。自分が何をしたのかも理解せずに。 私は最低な事をしてしまったんです。困って、苦しんで、どう仕様もない時 に、私を頼って来てくれた大切な友人を傷つけて、追い詰めたんです。 ★ ☆ ★ ☆ ★ 「……私は、クマなのでしょうか?」 「えっ? ゆきちゃん、何を……」 心の中だけで呟くつもりだった言葉が口から漏れてしまいました。 私は言葉を続けました。 「私はあの時、ただ知識をひけらかしたんです。さも私の口にした言葉だけが 唯一の正論であるかのように言って。……私が言っている事が正しいと思わせ ることができれば、私の我儘を通せると考えたのだと思います……。 先ほどの話の中で、クマは簡単に魚を取って来たんですよね? なのに、無 力なウサギが困っているのを見ても、クマはウサギを助けませんでした。ただ、 自分の力を誇示したかったのだと思います。……自分だけが良ければいいと考 えていたのだと思います。私と同じよ…」 「違うよ!」 私の言葉をさえぎって、つかささんは大きな声で否定しました。 「ゆきちゃんは、クマさんなんかじゃないよ! ほわほわなヒツジさんだよ」 つかささんは真剣な顔でそんな事を言いました。けれど、すぐに顔を赤くし て……。 「えっと、その、胸大きいから、こなちゃんが言ってたとおりウシさんかもし れないけど……」 「えっ、あっ、すっ、すみません!」 私はずいぶんと長い間つかささんの顔を胸に抱いていた事に気づき、慌てて 体を離しました。 苦しくてさぞ不快だったでしょうに、つかささんはそんな体制のまま私の話 を聞いてくれていたんです。 顔を真っ赤にする私に、 「よかった。いつものゆきちゃんに戻ってくれて」 つかささんはそう言って輝かんばかりの笑顔を見せてくれました。 「ねぇ、ゆきちゃん。私は頭が良くないから、何が良い事で何が悪い事なのか は分らないけど、大丈夫だよ。お話とは違うよ。 だって、ウサギさんには優しいキツネさんがついているんだから」 つかささんの言葉の意味を私はすぐに理解しました。 「でもね、今、キツネさんは忙しいから、イヌさんとウシさんも力を貸してあ げないとダメだと思うんだ」 「……あの、ヒツジさんにしては頂けないでしょうか?」 私の要望に、つかささんは、あははっと無邪気に笑いました。 「私の方からお願いするね。お願い、ゆきちゃん。私に力を貸して。お姉ちゃ んを助けるために」 つかささんのその言葉に、私は「はい」と答えました。何度も、何度も。 こみ上げてきた涙でまたもや泣き崩れてしまった私を、今度はつかささんが 抱きしめてくれました。 「大丈夫。大丈夫だよ……」 そう言って、私の頭を撫でてくれるつかささんの手はとてもあたたかくて、 優しくて、私はいっそう涙がこみ上げてきて……。 つかささんは私が泣き止むまで、ずっと私を抱きしめてくれました。 ★ ☆ ★ ☆ ★ 静かに目を開くと部屋の天井が目に入った。 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。時計に目をやるともうお昼に なる時間だった。 「まったく、つかさじゃあるまいし……」 そういえば、最近ろくに寝てなかったから、そのツケがまわったのだろう。 久しぶりの睡眠で少しは体調が良くなっているはずなのだが、気だるい感じ がまったく抜けない。 「……まつり姉さんを怒らせて、お父さんやお母さんたちも嫌な気持ちにさせ て……。何をしているのよ、私は……」 昨日の夜の事を思い出し、私は嘆息する。 「これじゃあ、みゆきの言ってたとお……」 弱気な発言を何とか飲み込むと、私はパンパンと両手で顔を叩いて気合を入 れた。 「強くなる……。うん、私は強くなるんだ!」 昨日は失敗したけれど、頑張る。私は強くなる。泣いてばかりいられない。 そう決意した私は、とりあえず空腹を訴えるお腹を満たすために台所に向か う事にした。 「あら、かがみ。ようやく起きたの?」 台所に着くなりお母さんが声をかけてきた。けれど食卓には誰もいない。休 日のこの時間帯なら、いつもであれば誰か一人ぐらいはいるはずなのに。 「いのりやまつり達はみんな外に遊びに出かけたわよ。お父さんはもう少しし たら来ると思うわ」 キョロキョロしていた私に、昼食のおかずを並べながらお母さんがそう教え てくれた。 「そうなんだ。……あの、お母さん、昨日はごめんなさい。私……」 私は、昨日みんなを不快にさせた事を謝ろうとしたけど、 「謝らなくていいわよ。誰だって機嫌が良くない時はあるんだから。ほら、か がみ。顔を洗っていらっしゃい。すぐにお昼ご飯にするから」 お母さんはそう言って微笑んだ。 「うん。その、ありがと……。顔、洗ってくる」 どんな顔をすれば良いのか分からなくて、私は逃げるように洗面所に向かっ た。 それから顔を洗って食卓に戻ると、お父さんがいつもの席に座っていた。 「おや、かがみ、起きたのかい」 私が入ってきた事に気づくと、お父さんは笑顔で話しかけてきた。 「うん。つかさみたいな事しちゃった。…あっ、その、お父さん、昨日はごめ んなさい……」 「だから、かがみ。謝らなくても良いって言ったでしょ?」 お盆に三人分の茶碗を乗せたお母さんが代わって答える。 「そうだよ、かがみ。お父さんやお母さんは怒ってないよ。でも、まつりには 後で謝って置いたほうがいいんじゃないかな」 「まつりだってもう気にしていませんよ。ほら、朝、食べてないからお腹すい たでしょう? 座りなさい」 食卓の上には美味しそうな料理が並んでいる。私はお母さんに促されるまま 席に着いた。 「うん。いただきます……」 そう言って私は黙々と昼食を食べた。お父さんとお母さんもしばらく何も言 わずに食べていたけれど、 「……こなたちゃんのことよね?」 不意にお母さんがそう呟いた。 「…………」 私は料理に伸ばした手を止めて、箸と茶碗をテーブルに置いた。 「……一応友達だからさ、やっぱり心配は心配なのよね。あいつの事だから、 受験票を忘れたりしないかとか考えていたら、ちょっと不安というか……」 私は何とかいつもの調子で答えた。 「そう……。たしか、明日が試験日だったわね。きっと大丈夫よ、かがみ」 「そうだね。こなたちゃんも頑張っていたみたいだしね」 お母さんとお父さんが優しい言葉を掛けてくれる……。私は二人に同意しよ うとして……。 「あっ、あれ、どうして……」 私の瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれだしていた。 「かがみ……」 「かがみ、どうしたの?」 私を心配するお父さんとお母さんの声。 「なっ、何でもない、大丈夫。大丈夫だか……」 何故だろう。涙が止まらない。堪えようとしても、ぜんぜん堪える事が出来 ない。 「かがみ!」 泣き止まない私をお母さんがぎゅっと抱きしめた。 「あっ、ああっ、うわぁぁぁっ~!」 まるでそれがスイッチだったかのように、火がついたみたいに私は泣き叫ん だ。 「大丈夫、大丈夫よ、かがみ……」 お母さんの優しい声。 「そうだよ、大丈夫だよ、かがみ……」 お父さんのあったかな声。 私の耳にはずっと二人の声が聞こえていた。 ……どれだけ泣いていたのか分らないけれど、私が泣き止むまで、お母さん、 そしてお父さんも私を抱きしめてくれていた。 「おちついた? かがみ……」 「何も心配要らないよ。お父さんたちがついているからね……」 ようやく泣き止んだ私に向けられる、二人の優しい笑顔。全てを受け入れて くれそうな笑顔。 お父さんとお母さんなら……きっと分ってくれる。そう思った。思いたかっ た。けれど……。 みゆきの顔が頭をよぎった。ショックを受けて泣き出してしまった、あの時 のみゆきの顔が……。 ……どうして、こんなに私は弱いんだろう。 みゆきが言っていたとおりだ。私はすぐに他の人にすがってしまう。 こんな私がこなたを守る事なんてできない……できるはずがない。 『誰からも理解されない状況は、強いストレスになります。……そしてそのは け口になるのは、近くにいる存在か、自分自身だけです……』 みゆきはそうも言っていた。 本当にみゆきの言うとおりだ。ただ、弱い私は周りの人たちばかりを困らせ てしまう。傷つけてしまう。 ……私はどうすれば良いのだろう。 私は、私は……こなたの側に居ないほうがいいの? 誰にも聞けないその問いを飲み込んで、私はまた泣き出してしまった。 「守る」という事・後編へ続く コメントフォーム 名前 コメント ( ; ; )b -- 名無しさん (2023-03-31 23 55 01) GJ ! このままだとあまりにもかがみが救われないので、ぜひ続きを 書いて欲しい -- 名無しさん (2008-06-12 21 49 45)
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《邪神 かがみ(062)》 キャラクターカード 使用コスト0/発生コスト2/緑/AP10/DP10 【制服】 このカードが登場した場合、このターン、自分が次にプレイする「邪神 つるぎ」1枚は、使用コスト-2を得る。 (甘いのです、チョコだけに。) ささみさん@がんばらないで登場した緑色・【制服】を持つ邪神 かがみ。 登場した時に次にプレイする邪神 かがみの使用コストを2減らす効果を持つ。 邪神 かがみのコストを2減らせるので展開しやすくなる。 このカード自体はコスト0なので出しやすく、コスト消費を抑えやすい。 《月読 鎖々美(013)》《蝦怒川 情雨(026)》《邪神 つるぎ(042)》《邪神 たま(086)》とはサイクルをなし、対象が異なるだけで効果は全く同じ。 カードイラストは第1話「明日からがんばる」のワンシーン。フレーバーはその時のかがみのセリフ。 関連項目 《月読 鎖々美(013)》 《蝦怒川 情雨(026)》 《邪神 つるぎ(042)》 《邪神 たま(086)》 収録 ささみさん@がんばらない 01-062 編集
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「あつい」 手で顔を扇ぎながらそれだけを呟く。 「夏も近いし、仕方ないよ」 さらりと返ってくる返事。 「…………っ」 遠回しな抗議のつもりだったのだが、軽く躱された。 ああ、分かってはいたのよ。こいつには、そんな遠回しじゃ伝わらないと。 それなら残る手は 「あんたがべたべたひっついてくるからよ!」 耳元でおもいっきり突っ込んでやることだった。 「ぐぉぉ……耳がぁ……」 こなたがひどいよかがみんと、嘆きながら耳を押さえている。 あまりの暑さに耐え兼ねたか、いつもは下ろしている髪を一つにくくっていた。 揺れているポニーテールは本当にしっぽみたいで――って、それはさておき。 「自業自得でしょ。さっきから何回離れろって言った?」 「うーん……? 思い出せない」 「思い出せないくらい言ってるんだからさあ……っ!」 ああもう、と拳を握りしめて声にならない不満を頭の中でぐるぐると考えた。 何でこいつは尚も離れようとしないんだとか、そんなのばっかりだけど。 「ただでさえ暑いのに、くっついてたら余計暑くなるでしょ!」 「熱々カップルだからね。見せ付けてやろうぜ!」 「字が違う! しかも、誰に見せ付けるのよ!」 「ゆーちゃんとかに?」 そう言って、ドアを指差す。 その先には顔を赤くしたゆたかちゃんがいた。 「え…………、いつから?」 「かがみが、あついって呟いたあたりかな」 「結構前じゃない!」 てことは、こなたにべたべた引っ付かれてたところとか、全部見られてたっていう事、に……? 血の気が引くような音と爆発するような音がほぼ同時に響く。 「おお、かがみが器用なことを」 「ご、ごめんなさいっ! 暑いかと思って、麦茶持って来たんですけど……」 お邪魔だったみたいで、と続けるゆたかちゃん。 「え、ああ! そんなことないわよ? むしろこなたが引っ付いてたから暑くて暑くて」 ありがとう、と言いながらそれを受け取る。 冷たいそれが喉を通る感覚が気持ちいい。 「ええと、ところで」 「うん?」 歯切れ悪く、どうしようかなといった感じの表情でゆたかちゃんがおずおずと尋ねた。 「これからはかがみ先輩の事を、かがみお義姉ちゃんって呼んだ方が……?」 「………――っ!」 「あー、それもいいかもね」 きゃー、とかうわー、とか叫びたいんだけれど、なんかもう言葉にならない。 漫画的な表現ならば、ツインテールがぴん、と天まで突き立っていそうなくらいの衝撃だった。 「でもね、ゆーちゃん。かがみがお義姉ちゃんになるにはまだ早いよ?」 予想外の一言に吹きそうになり、げほげほとむせている私を尻目に、こなたが楽しそうに笑う。 「あ、そうだよね」 えへへ、と可愛く困ったような笑いを零しているけれど、ちょっと待って。 「げほっ……結婚するって決まったわけじゃないから!」 「……え?」 「そんな照れなくてもいいのにー」 眉を下げて、暗い顔をしているゆたかちゃんと、 私の背中を撫でる(と、同時に抱き着いている)こなた。 「暑い。そもそも、日本じゃ結婚できないでしょ」 ぐい、とこなたの頭を引きはがしながら言うと、誇らしげに胸をはられた。 「人間、やればできる」 「じゃあやってみなさいよ」 「なら、今からドイツに行ってこようか。ハネムーンも兼ねて」 「アホか!」 「あれ? サンフランシスコがよかった?」 「何でそんなマイナーな地域なのよ!」 いや、マイナーかどうかは知らないけれど。現地の方々すみません。 「我が儘だなあ」 「どこがよ! ていうか、今からなんて無理でしょ!」 と、意味がない掛け合いをしていると、ゆたかちゃんが出ていこうとしているのが目に入った。 「あれ? どうしたのゆたかちゃん?」 どきーん。 そんな効果音が聞こえそうなくらいに固まって、申し訳なさそうに振り向く。 「あ、あの、お邪魔みたいなので、こっそり出ていこう……かと……」 お邪魔ってそんなうわあ、なんていうか、うわあ。 「流石、ゆーちゃんは空気読めるね」 いや、私的にはこなたが少し自重してくれるから万々歳なんだけれど。 ああでも、さっきから爆弾発言飛ばしすぎだし、突っ込みが倍になって疲れるし、どうしよう! 「……かがみー? ゆーちゃんが困ってるよ?」 ぷすぷすと、湯気を吹いている私の前でこなたがぱたぱたと手を振る。 あ、ああ! 私が明言しないとゆーちゃんがなんだかいたたまれない空気になっちゃうわよね! 「あ、ああ、のね、私達は、そういう関係じゃなくて……」 「そこからですか!?」 「流石にそれはもう無理だよ!?」 「え、嘘ッ!?」 「かがみ、しっかりして! このままじゃ色んな方面の人に怒られる!」 「いきなりメタ的な事を言うなっ!」 「ええ!? 何でその突っ込み能力を現状把握に活かさないの!?」 「あれ? 今、何故か無意識に突っ込んじゃってた!」 「そういう事象には無意識でも反応できるんだ!? うわ、どこまで反応できるか実験してみたい!」 「だ、ダメだよこなたお姉ちゃん! かがみお義姉さん! 1+1はいくつですか!?」 「え、ええと!?」 「駄目だ! なんか本格的に駄目だ! ゆーちゃんに声荒げさせて突っ込ませるとかゆーちゃんの身体的にも、キャラ的にも!」 「だからメタ的なネタするなっ! あと、突っ込む所はそこかい!」 「こなたお姉ちゃんには突っ込めるんだ!?」 大混乱だった……らしい。 「私が? 何だって?」 「……覚えてないの?」 「うーん、ここ数分間の記憶が無いのよね……」 顎に手を添えながら考え込むけれど、どうしても思い出すことは出来なくて。 「あー、それなら思い出せない方がいいかもね」 「え、私、思い出せない方がいいような事を?」 「そりゃあもう、阿鼻叫喚。この世の地獄を再現したかのような……」 「流石にそれは嘘だろ!」 「あー、このテンポ……やっぱりかがみはこうじゃなきゃねえ……」 ぽわわーんと、妙に嬉しそうに目尻に涙をためながら愛おしそうに抱き着いてこようと―― 「ちょ、押し倒すな!」 「うんにゃ。こなたさんはもう我慢の限界なのです」 何キャラだよ! と、突っ込もうとするが、私が口を開く前にこなたが言葉を吐き出した。 「だって、かがみがゆーちゃんにばっかデレデレしてるから」 「こなた……?」 正直、妹のような存在に嫉妬するのもどうかと思うが……。 というより、そこまでデレた覚えもないし。 つかさになつくこなたを想像してみる。 あ、これは結構、つらい。 「……こな」 「というわけで、こなたさんは勢いでヤっちゃうのです! 主にナニを! ふしゃー!」 「だからそれ何キャラだよ!」 せっかくシリアスになりかけていたのに台なしだ。 いや、シリアスになっていたかどうかは分からないけど! 「じゃあ、かがみ。ちょっとじっとしててね」 「へ?」 ひょいと、手を背中に、もう一方は膝の裏に添えられて持ち上げられる。 「かがみ様抱っこ~」 「変な抑揚を付けるな!」 何だか改名されていたが、これはまさしく、お姫様抱っこだ。 やばい! これ、恥ずかしい! 「あ、暴れると落ちるよ?」 「う」 お姫様抱っこというものは、案外怖いのだ。 とっさの時に対応出来る格好じゃないし、安定しないし。 足をぱたぱたさせてみると、変な浮遊感が足に纏わり付いた。 「か、かがみ! 落ちるって!」 「せめてもの反抗よ」 まあ、そんな気持ちはこれっぽっちもなかったのだけれど。 こなたは、私をベットに降ろすと、隣に座ってぼんやりと考える素振りをした。 「さて、どうしようかな」 「まだ考えてなかったんかい!」 「いやー、するつもりだったんだけどね? 主にナニを」 「…………」 無言で抗議。 こなたはそれを見て、猫のように笑った。 「お姫様抱っこをされるかがみが可愛かったから」 「な……っそれが何の理由に……!」 急激に熱くなる頬を意識しながら、返答を待つ。 「違う方向に可愛がることにしようかなって」 「ち、ちがうほうこう?」 少し警戒しながら問うてみると、嬉しそうな笑みを見せながら 「ひゃっ!?」 勢いよく抱き着いてきた。 「今日はかがみんを猫可愛がりする方向で!」 「だ、だから、暑いってば!」 無理矢理引きはがそうとするけれど、首に回された手がそれを許さない。 「かがみ」 「なによ」 急に耳元で名前を呼ばれ、頬が熱くなるのを感じる。 「かがみがツンデレなのは分かってるけど、言ってくれなきゃ伝わらないよ?」 「伝えるって、何をよ」 「んー? 何だろうね」 抱き着かれているので表情は見えないが、こなたは、何かを言ってほしいように思えた。 それは、私の自惚れで、なければ。 「……大好き」 囁くようにぽつりと呟く。 「うん。私も」 そう。言わなきゃ伝わらないことは驚くほど多いのだ。 私は不器用だから、つい、ごまかしてしまうけれど。 少しずつ伝えていきたいと、思った。 ……ゆたかちゃんに嫉妬させちゃったのも、私がうまく愛情表現できないせいだしね。 「大好き」 もう一回。 私自身にも、聞こえないくらいに小さく。 目の前にあるポニーテールが喜んでいる犬の尻尾のように揺れていた。 コメントフォーム 名前 コメント GJ!!(≧∀≦)b -- 名無しさん (2023-04-03 07 43 40) 逝ける…今なら萌え死ねる!!! -- 名無しさん (2010-05-05 17 34 21) 猫可愛がり想像して萌えた -- 名無しさん (2010-03-30 23 30 28) ? ゆたかちゃん、いい子だなwこなたはいい(義)妹を持ってるwとりあえず、内容に関してはかなり笑えたのでグッジョブと言っておくw -- 名無しさん (2008-06-22 00 38 30)
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今日も、北風の音を合図にして、星が昇っていく。 カレンダーの日付は、二月十三日。 明日はいよいよ、女の子たちのお祭り――バレンタインデー。 一歩外に出れば、そこは乙女たちの欲望番外地。 机の上にあるノートパソコンの画面の中では、粛々と過ぎていくイベントの一つなのに、 現実世界(リアル)でこの類いの行事を見る度、妙な違和感が残る。 リボンでラッピングされたチョコが、女の子から男の子へ。 最近では、ホワイトデーを待たずに、男の子から女の子へ贈ることもあるらしい。 それに『ニュースで見たんだけど、今年は友チョコっていうのが流行りそうなんだって』 と、今朝方ゆーちゃんが言っていたのを思い出した。 今の世の中では、女の子同士でチョコを交換することだって、いわば普通だ。 そうだよね、何の問題もないから、明日……。 ふと、ここまで来て私は、自分以外誰もいない部屋から、リズミカルに着信音を刻む 携帯電話のメロディが響くのを耳にしていた。 もしかしたら、考え事をするずっと前から鳴り続けていたのかもしれない。 ――さてと、電話の相手は誰だろうね。まあ、こんな夜更けにかけてくるのなんて、 寂しがり屋のうさぎ位しかいないんだけどさ。 「こなたー。アンタ確か、明日ウチに遊びに来るんでしょ?」 電波の先にいた通話相手――かがみは、早速本題を切り出してきた。 高校を卒業して以来、直接会う機会こそ減ったものの、携帯電話やメールでの やりとりは今でも続けている。 「そだよ。久しぶりに一日中しゃべり通そうって話だったと思うけど」 「だったら、なるべく早く来なさいよね。つかさが腕によりをかけて、 バレンタイン用のお菓子を作ってくれるみたいだから」 “つかさが”か……。 確かに、料理の専門学校に通うようになってから、ますます腕をあげたって いうのは聞いてたから、楽しみだなぁ、という気持ちはもちろんあった。 でもね、かがみ。 つかさを隠れ蓑にしたつもりなんだろうけど、私の目は誤魔化せないよ。 どれどれ、ここは一つ仕掛けてみようかな。 66 :『バレンタイン・イヴ』:2009/02/19(木) 00 37 06 ID kUSljfg2 「うん、期待しておくよ……ところでかがみんや。頬っぺたに、 味見した時のチョコがつきっぱなしだよ」 「えっ、嘘っ!? ちゃんと拭き取ったハズなのに……あっ」 ほうら、やっぱりボロが出た。相変わらず可愛いねぇ、かがみは。 「慌てなくたっていいよ。私のことが好きだから、ちゃんと味見してくれたんでしょ。 高校の頃、そんな感じのこと言ってたし」 「なっ、ち、違うわよ。これは私の意思でしたんじゃなくて、つかさが、その……」 「ふふん、それじゃあ明日は楽しみにしてるよ。んじゃ、バイニー」 「ちょ、おまっ。人の話を聞きな――」 私は、問答無用で通話を終了した。 その後、かがみから弁解のメールみたいな物が届いていたけど、 私はあえて中身を確認しなかった。だって、中身を知っちゃったらさ。 今度は、私の方が味見しにくくなっちゃうじゃん……なんてね。 ☆ ☆ ☆ キッチンには、お菓子作りの為の道具が一列に並んでいた。 業務スーパーで買い込んだ輸入物の板チョコ。湯煎用のボールや オーブンシートなんかの調理器具。それに、巨大な星形の型。 全て、明日かがみにチョコを渡す為の準備だ。 ……べっ、別にさ、去年や一昨年の時のお返しだとか、そういうのじゃないんだヨ? ただ単に、あたふたするかがみが見たいだけ。そこに居合わせて、いじり倒したいから、 作ることにした。ただそれだけのこと。 だけど、星形のチョコ……と見せかけて、実はヒトデなんだよとか言ったら 『また何かのアニメのネタなのか?』って突っ込まれるんだろうなぁ、きっと。 でも、怪訝そうな顔をして突っ込みを入れるかがみの顔を思い浮かべると、私は凄く癒される。 心拍数が上がって、顔が火照ってきて……あれ? なんだろう、この気持ち。 ああ、きっとエプロンをきつく着過ぎただけだよね、きっとそう。 「さ~てと。絶対に上手く作って、かがみを驚かせてあげなきゃね」 特別な夜が、更けていく。鼻をくすぐる良い匂いを奏でながら。 とろけるような、チョコの味。 私とかがみの関係は、ビター? ミルク? それともホワイト? 答えは、もうすぐそこまで。 溶け合えばいいな、私の生まれて初めての――バレンタイン・チョコ。 コメントフォーム 名前 コメント (≧∀≦)b -- 名無しさん (2023-07-18 08 12 26) むしろ、かがみにチョコを渡した瞬間に、サウナより熱い愛の空間が出来て、チョコが溶けそう -- 槍男 (2010-02-26 22 10 19) 投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください)
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放課後。帰りの支度をしていると、隣のクラスから椅子が倒れるような音がした。 それに続いたどよめきの声。 嫌な予感がして、私は教室を飛び出していた。 「つかささん、そんなもの破いてしまってください」 廊下を猛ダッシュしていると、みゆきの声が聞こえた。 教室に飛び込んだ私の目に映ったのは、異様な光景だった。 興奮して泣きべそをかいているこなたの両手を捕えて、机に押さえ付けるみゆき。 こなたの視線の先には、何かを手に持っておろおろとみゆきを伺うつかさ。 それを取り囲み、好奇の目を向けるギャラリー。 こなたが、泣きべそ…?泣いてる…? 「………なにやってんのよ…あんたたち…」 思ったよりも低い声が出て、自分でも驚く。 クラス中に怒りの視線を向けると、みゆきとつかさ以外のギャラリーはおずおずと教室を出て行った。 「なに、やってんのよ…!こなた、泣いてるじゃない!」 怒鳴りながらみゆきに近付く。 みゆきはこなたの喉元を指先で撫でながら、悪びれない表情で言った。 「かがみさんには関係ありません。泉さんに、少しお仕置きをしていただけですよ」 みゆきの眼鏡が飛んだ。一瞬遅れて、私の左手の掌に熱が走る。 カッとなって、気付いたらみゆきの頬を張っていた。 「相変わらず乱暴で、恐ろしいですね…かがみさんは」 緩慢な動きで眼鏡を拾いあげたみゆきは、つかさに首を振ってみせた。 つかさはやっぱりおろおろしながら私を一瞥すると、持っていたものを机に置いて、みゆきに続いて教室を出て行く。 みゆきから解放されてしゃがみ込んだこなたは、しゃくり上げて泣いていた。 「こなた…落ち着いて…」 「やっ、やだ、よっ…、な、でっ、そ…なっ…!」 私の声が聞こえてないのか、それとも私に気付いてさえいないのか。 こなたは苦しそうに鳴咽する。 「…落ち着きなさいっての」 抵抗しようとするこなたを無理矢理抱きしめる。 腕の中でもがくこなたの振り回された腕が鼻にヒット。痛い。鼻血出そ…。 でも構わずに、私は小さな体を抱く腕に力を加える。 伝わってくる鼓動は、踏切の警笛のようだ。 いつもより高い体温。喘ぐような呼吸。温かい涙が、私の体を暖める。 しばらく抱きしめていると、落ち着いてきたのか、 私が危害を加える気がないことがわかったのか、こなたは両腕で私の体にしっかりとしがみついて来た。 子供のような動作に愛おしさを覚えて、頭を撫でる。 頬っぺたをこなたの頭に乗っけて、頬ずりする。 こなたが泣き止むまで、そうしていた。 「あったかいね。かがみは…」 こなたが胸元でくぐもった声を上げた。 「ん…落ち着いた?」 「うん、かがみの匂い…かがみの心臓の音…かがみの掌。すごく、安心した」 「ばっ、恥ずかしいことを言うな!」 「だって、本当のことだもん…」 そう言ってこなたは私の襟元に頭を擦り付けてくる。 「こ、こら!くすぐったいから止めれ!」 「…どうしよう」 突然こなたが真剣な眼差しで見つめてきた。 さっきまで泣いていたから目元が赤くなってしまっていて、なんだかかっこ良くないけれど。 「私、さ」 「なによ?」 「私…やっぱりなんか…すごく。かがみのこと、好きみ…ぶふぁっ!」 重大な事を言いかけて突然吹きだしたこなた。私は呆気に取られる。 「か、かがみん…鼻血出てる」 「なっ!?」 慌てて鼻の下をこすると、パリパリという感触。 さっきのこなたの一撃を受けて、ちょっと出血していたのが乾いたらしい。 「…」 「…」 「いや、その…ごめん。かがみ…」 はぁ、とため息を吐く。 かっこついてないのは私も同じだったらしい。 「それで。こなたは、鼻血出てることに気づかないかっこ悪い私でも…好き?」 照れ隠しにちょっと意地悪に問いかける。 「…大好き」 また泣き出しそうになってるこなたを、さっき以上に優しく抱きしめて。 「私も、大好き。大好きだよ、こなた…」 この先は私とこなただけの秘密なので暗転。 「…なるほどね」 事の発端である、つかさが手に持っていたもの。 私とこなたの、ツーショット写真。 自分で言うのもなんだが、お似合いのカップルのように仲良さそうに写っている。 後で焼き増し頼もう。 「珍しく家で宿題やったら、ノートに挟まったみたいで…」 それがぴらっと落ちて、見つけたみゆきが乱心したらしい。 「慣れない事はするもんじゃないよね」 「いや、そこは慣れとけよ」 突っ込みつつも考える。 もしかしたら、みゆきもこなたのことが…。 いくら私のこなたを泣かせたからといって、いきなりビンタはまずかった気がしてきた。 ごめん、みゆき。 でも。 「大丈夫。何があっても私がこなたを守ってあげるから」 「…やっぱりかがみんは、武士みたいで男前」 軽口叩きながら真っ赤になってるあんたは、素直じゃなくてかわいい。 なんて。こなた曰くツンデレの私には言えなかった。 「ただい(ry」 「お姉ちゃああああああん!」 玄関を開けたら2秒でつかさ。 どっすんと音が鳴る勢いで抱きついてきた。 「あんたは私が憎いのか…」 「ご、ごめんね!お姉ちゃんごめん!」 はぁ。おっと、またため息吐いてしまった。 今の幸せはツワモノだから、これくらいじゃ逃げないだろうけど。 「私の部屋で話そう。ここじゃちょっと」 「う、うん」 玄関開けっ放しでは、流石にね。 「それで。みゆき、なんか言ってた?」 つかさからは言い出しにくいだろうから、私から話を振った。 「…ゆきちゃん、あの後泣いてたの」 「あちゃぁ…」 やっぱり、みゆきもこなたのことが…。 「それで、その後急に笑い出して」 「えっ!?」 「かがみさんにお伝えください。私、諦めませんから♪って…」 「えええっ!!?」 こなたがみゆきに襲われたり(性的な意味で) かがみに守られたり、慰められたり(性的な意味で) つかさがみゆきに襲い掛かったり(性的な意味で) するのはまた別のお話。 終われ コメントフォーム 名前 コメント GJ!...? -- 名無しさん (2022-12-23 12 29 01) 続きが読みたい…← -- 名無しさん (2010-05-28 02 21 37) さすがミウィーキーマウス -- 名無しさん (2009-12-30 09 36 22)
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ひとり、ふたり そうなのかなって思い始めたのはずっと前 その言葉を聞いたときから 私はあの子をもっともっとよくみるようになった それまでは あの子隠してたからわからなかったけれど しっかり見据えるようになってやっとわかった それで 私はこっそり決意した 誰にもわからないように でも 絶対に揺れないように 1 最近、こなたの様子がおかしい。妙によそよそしいというか、多分私を避けている。つかさやみゆきと話しているときはいつも通りに見える。なのに、私が絡むと途端に態度が変わるみたいだ。昨日の放課後もこんな感じだった。 「つかさー、この前貸した漫画どうだったー?」 「あ、あれ?えーと…」 「2巻の主人公がもうかっこよくてさー。『ハリー!ハリーハリー!!ハリーハリーハリー!!!』は最高だね!私大好きなんだー。今一番燃えるねあれが」 「うんと…まだちょっとしか読んでないけど…」 「4巻の大演説もいいよね。ちょっと調べてみたけど、改変ネタとかけっこうあるみたいだし。もう作者やりたい放題だよね」 「あの…あれって主人公誰なのかな…?サングラスして帽子かぶってる男の人?それともおっきな大砲持ってる女の人の方…?振り仮名振ってないと読めない漢字とかあるし…。最近の漫画って難しいよね…」 「えええー?何それー…。ちょっとそりゃないよー…。もうちょっとさあ…まあつかさだししょうがないか」 「はぅ!ひどいよこなちゃん…」 「みゆきさんなら分かってくれるよねーきっと」 「うーんどうでしょう…。私は漫画はそれほど読みませんので…」 「んーでも小説とかは結構読むんじゃない?そこからファンタジー→ラノベ→漫画とくれば大丈夫!これでみゆきさんも私たちの一員だよ!」 「そ、そうなんですか…?」 「こらこら、みゆきをそっちの世界に引きずり込むんじゃない」 「あ、お姉ちゃん」 「おっす」 「!」 「かがみさんも漫画は読まれるんですよね?」 「まあこなたほどじゃないけどね。こなたは教科書まで漫画にしてるくらいだもんねぇ?」 「…ん」 「いつだったか教科書借りたときはひどい目にあったわよ、まったく」 「…私…そろそろ行くね…」 「え?こなちゃんもう帰っちゃうの?いつももう少し…」 「今日ちょっとバイトあるから一緒に帰れないや。じゃ」 「…そうですか。ではお気をつけて。さようなら」 「うん。じゃねー」 「じゃあこなちゃんまた明日ねー」 「あ、こなたっ…」 まず、宿題を写しにこなくなった。夏休み中なんてあれだけ家に来てたのに、最近はぷっつりこなくなった。つかさは普通に教えてもらいにくるから、宿題が出てないってことはない。それとなくみゆきにきいてみたけど、やっぱりみゆきにも頼っている様子はない。 それから、寄り道にも誘いにこなくなった。これまでは新刊やら限定グッズやらが出る度に寄り道に誘ってきたけど、最近はそれがない。というか、私と一緒に帰ること自体が少なくなった。バイトとか用事とか色々言って先に帰ってしまう。たまに一緒になることはある。けど、つかさには話しかける。つかさが話しかけたときも普通に答えてる。でも、私に話しかけることはない。私が話しかけると顔を背けて生返事をするだけだ。あとはずっと目をつぶってたり。多分寝てるのだろう。 私の教室にも顔を出さなくなった。私がこなたの教室に行かないとき、ちょくちょく「かがみー」って言いながらきてたのに。 朝も会わなくなった。前は一緒の電車に乗ったりすることも多かったのだが、最近は意図的に時間をずらしているようだ。私とつかさが乗るのより一本早い電車で登校しているらしい。 総じて顔を合わせることが激減した。唯一残った時間はお弁当のときだが、それも最近になって急に一人だけ学食を使い出した。じゃあ、ということで皆で学食についていくと、やっぱり私とは目も合わせない。 どう考えても普通じゃない。夏休みが終わってしばらくの間は確かに普通だった筈だ。おかしくなり始めたのは10月に入ってちょっとしたあたりからだと思う。 最初は戸惑うばかりで心当たりなんてなかった。 2 でも、よく考えると、思い当たる節が一つある。ばれたのだ。あのことが。 いつかは分からない。全く外に出したつもりはなかったのに。 でも、だとすると、こなたが私を避け始めたのも合点がいく。 …もしそうだとしたら…今がそのときなのかもしれない。少なくとも、このまま放置するわけにもいかない。 そう考えて、私はその日、つかさとみゆきに話してみることにした。 放課後。こなたは今日も先に一人で帰ってしまった。私とは一度も会うことはなかった。でも、今日ばかりは都合がいい。教室に残っていたつかさとみゆきをつかまえて切り出す。 「ねえつかさ、みゆき、ちょっと話があるんだけど」 「何?お姉ちゃん?」 「どうしたんですか?かがみさん?」 「あの…こなたのことなんだけど」 私がそう言うと、二人とも顔がちょっと引き締まった。 「そっか…。こなちゃん…最近ちょっとおかしいもんね…」 「ええ…言いにくいですけど…かがみさんから逃げているような…」 やっぱり二人とも気づいてたか。 「…うん。多分、私を避けてる」 「あの、無理にお聞きするつもりはありません。言いづらければ言わないで下さい。でも、私たちに相談できることであれば仰って下さい。…何か心当たりがおありなんですか?」 「お姉ちゃん…」 ここから先は言いにくい。私にも確証がないのだ。憶測の上に推測を重ねたものだから、私の単なる思い込みの可能性も十分ある。私の考えていることと全く別のことが起きているのかもしれない。でも、可能性は一つ一つ潰していかなきゃダメだ。そうしないと始まらない。 ちょっと間をおいて、言った。 「私ね、こなたにひどいことしちゃったんだと思う。こなた、今すごい傷ついてる。私、避けられて当然かなって…」 「そうですか…」 みゆきも声が沈む。 「でも、かがみさんはそのことをちゃんと分かってらっしゃるんですよね?」 「うん…。自分でも…なんでこんなことになっちゃったんだろうって…。こんなことするつもりじゃなかったのに…」 「なら大丈夫です。その気持ちをしっかり泉さんに伝えて下さい。そしていつもの泉さんに戻してあげて下さい。私も…泉さんとかがみさんがこのままでは…悲しいです」 「そうだよお姉ちゃん。こなちゃんだって、いつまでもこのままじゃいたくないと思ってるよ、きっと」 本当のところは分からなかった。こなたが心底私を嫌ってるのなら、もうこのまま縁を切ってやりたいと思ってるのかもしれない。でも―― 「…ありがとう、二人とも」 背中は押してもらった。それは間違いない。 「あの…お姉ちゃん…ところで…」 つかさがおずおずと口を開いた。 「その…何を…しちゃったの?そこ聞いてないんだけど…」 それから、慌てて手を振った。 「あ、言えないならいいから!ほんとに!」 私は首を傾ける。これをここで言っていいものかどうか。 答えは勿論ダメだ。ここで言ってしまったら、こなたを余計傷つけることになる。 「ごめん…言えない」 「そっか…。あの、でも、そうしようと思ってやったことじゃないんでしょ?わざとこなちゃんを悲しませようとしたわけじゃないんでしょ?」 「それはそうなんだけどね…」 「いいんですよ、かがみさん。言えるときに、言いたくなったら言って下さい。このままずっと言わなくても、それでも構いません。ただ、これだけは覚えておいて下さい。私たちは、この件でかがみさんを見下げたりしません。そのことを気にしてらっしゃるのでしたら、ご心配には及びません。詳細は存じませんが、多分、不幸な行き違いなのでしょう。かがみさんもそのことは十分にお分かりなのではないですか?」 「そうだよね。私、いつでもお姉ちゃんを応援してるから」 つかさのフォローが痛い。 みゆきの優しい言葉が痛い。 私はもっと嫌われなければならない人間なのかもしれないのだから。 まだそうなのかどうかは、ちゃんと聞かないとわからないけれど。 いや、それも逃げだよね。 それでも、この二人に非はない。 だから、もう一度、繰り返した。 「ありがとう、二人とも…」 さて、それからもうちょっとつめていかないと。 「それで、明日、こなたを家に呼んで一度ちゃんと謝りたいんだけど…」 「あ、そうか。明日、家、私とお姉ちゃんだけだもんね。明後日は土曜日だし」 「私たちが間に入ることは…できないのでしょうね」 「うん…ここまで話しといてごめん…これは、私とこなただけで解決したいことだから…」 「え、じゃあ私もどっか行ってた方がいいのかな?」 「…うん…本当にごめん…」 つかさがちょっと微笑む。 「わかったよ。それじゃ、私、ゆきちゃんの家にいるから。何かあったらいつでも呼んでね」 「うん…」 「分かりました。では、明日、泉さんが先に帰ろうとしましたら、何とか引き止めておきます。あとは…こんなことしか言えませんが…がんばって下さい。月曜日、泉さんとかがみさんの笑顔にお会いできることを、心からお祈りしています」 「お姉ちゃん…大丈夫だから。お姉ちゃんとこなちゃんなら大丈夫だよ。きっと今までみたいに戻れるよ。だから…約束してね。絶対仲直りしてね」 「わかった…。私…やってみるよ…。二人とも…ごめんね…ありがとう…」 私は本当に最低な人間だ。 私の考えている通りにいくなら、この二人までも裏切ることになる。 私の周りには誰もいなくなるのかもしれない。 でもそれでいいんだ。 いいんだ。 いいんだよ。 そうだよね? こなた…。 3 翌日の放課後、意外なことが起きた。今日、一番難しいのは、いかにこなたと二人きりで家に行くかだと思っていた。こなたはみゆきが引き止めていてくれるにしても、私しか一緒に帰る相手がいないと分かれば、絶対嫌がるだろうし、下手すれば逃げ出してしまうだろうと考えていた。 しかし放課後。私がこなたの教室に行くと、みゆきと話しているこなたが目に入った。引き止めてくれていたみゆきに感謝して、こなたの姿を見てほっとするとともに、これからどう切り出そうか、昨日考えた何パターンかの台詞を反芻しながら歩いていくと、私の姿を見とめたこなたの方からとてとてと近寄ってきた。そして、私に声をかけた。 「かがみ…。あの…今日、かがみの家に行ってもいい?」 顔は相変わらず背けたままだったから分からないけど、久しぶりに聞く、私に向けられたこなたの声だった。ただ、その声はとても小さく、聞こえるか聞こえないかくらい。それに何かに怯えるようにちょっと震えていた。こんなこなたみたことがない。 私は、努めて平静に返事をした。 「ええ、いいわよ。今日はバイトとかないの?最近忙しそうだったじゃない」 こなたは顔を俯かせた。 しまった。嫌味に聞こえたかな? しかし、私が次の句を告げる前にこなたの方から声を出した。 「…うん。今日はないよ…。その…ちょっと…話したいことがあって」 「そっか。じゃ、行きましょ」 ごめんこなた。 また嫌な思いさせちゃったね。 でも、もうすぐ終わりにするから。 こなたがちょっと不安そうにきいてきた。 「あれ…?つかさは…?」 「ああ、つかさはね、この前みゆきの家に遊びに行ったとき忘れ物しちゃって、それ取りに行くついでにちょっとみゆきの家で勉強教えてもらうんだって。だから今日は一緒じゃないのよ。あの子ほんとに忘れ物とか多いんだから」 「そっか…」 この辺は用意した通りの台詞だ。 こなたはそれで納得したらしく、みゆきに手を振って歩き始め、それからはまた下を向いたっきり、黙ってしまった。 電車の中でも、こなたは何も喋らなかった。こっちを向こうともしない。しかし、こちらから話しかけてもあまり意味がないことはわかっているので、何よりもうすぐ家だ、私も何も話しかけなかった。 ただ並んでじっとしているだけの時間が過ぎる。 そんな時間が、少しだけ、欲しかった頃もあった。 でも、それを考えてはいけないんだ。 私は、もうそれを許される人間じゃないから。 家に向かって、こなたと並んで歩く。こなたはいつもよりペースが遅い。こころなしかふらふらしているようにも見える。私も合わせてゆっくり歩く。 これから私がしようとしていることに対して、こなたがどういう反応をするか、それは勿論気にはなる。けど、ちょっと別のことが心配になってきた。思わず声をかける。 「ちょっとこなた、あんた体とか大丈夫なの?なんか足元おぼついてないわよ?」 倒れられては話どころではない。 「あ…うん、平気だよ。別に風邪とかじゃないし」 本当なのだろうか。熱をはかったりしたいのだが、今のこなたに不用意に近づくと逃げられてしまいそうだ。やめておくことにする。。 話題を変えてみる。 「実はさ、今日、私もこなたを家に誘おうと思ってたのよね」 「え…?」 こなたがほんの少しだけこっちに顔を向ける。髪に隠れて表情は読み取れない。 「…なんで?」 「いや、私も話したいことがあってさ」 こなたは何も言わずに、また顔を背けてしまった。ただ、何かをとても小さい声で呟いた気がした。それがなんなのか、追求することはしなかったけど。 家に着いた。恥ずかしいことに、私が話そうとしていることに、自分で緊張し始めていた。 これでいいのかな。 いいんだよね。 何度も言い聞かせる。 鼓動が、少し早い。 でも、それ以上にこなたが言っていた話したいこと、というのも気になっていた。私の予想通りなら、それは多分私の罪を責めるものだろう。それは覚悟していた。 そして、それにどう対応するべきかも、考えてはいた。 私の部屋にこなたを通す。 しかし、こなたは入り口のところで足を止めた。 下を向いたまま、手をぎゅっと握りしめている。 私とこなたとつかさとみゆき。何度も皆で遊んで、勉強して、お喋りして、お菓子を食べて――思い出のいっぱい詰まったこの部屋。 でも、もうこの部屋には―― 「まあ、座ってよ」 入り口で固まっていたこなたをなんとか中に入れ、取りあえず座らせる。こなたは大きく息を吐き、無言でクッションの上に座った。私も隣に座る。 しばらく静寂が続いた。 少しして、こなたがぽつりと口を開いた。 「かがみ…なんか今日、静かだけど…」 「えーとね、お父さんとお母さんは仕事でちょっと遠出してて、いのりお姉ちゃんとまつりお姉ちゃんはお友だちのところに泊まるんだって。だから今日は誰もいないのよ。ちょっとくらい騒いでも平気かな」 「そうなんだ…」 こなたはまた黙る。 ちょっと待ってみたが、口を開く気配はない。 このままじゃ埒が明かない。 もう直接いかなきゃだめかな。 こなたに話しかける。 「ねぇこなた、話したいことがあるって言ってたよね。何か、聞いてもいい?」 こなたはまた沈黙した後、言った。 「…かがみも話したいことあるって言ってたよね。そっちからでいいよ…」 できればこなたの話を聞いてから、この話はしたかった。 もう、聞くチャンスはないかもしれないから。 でも、こなたがこの様子では、多分いくら待っても話さないだろう。 仕方ないか。 「…わかった。じゃあ話すね。…あのさ、私、こなたにずっと謝ろうと思ってたんだよ」 こなたの方を向いて話し出す。 ひとことひとことはっきり口にする。 こなたがこっちを向いてくれないのが、少し、心残りだ。 「私、こなたに、ひどいこと、したよね…。ごめんね。ごめん。本当にごめん。ここ2週間くらいかな、こなた、私から…離れようとしてたよね?だから分かったんだけど…」 こなたが、ちょっと顔を上げている。片方の目だけが、こっちを見ているように思った。 「あのね、でも、私、これでいいかな、とも思ってたんだよ。勿論、謝らなきゃとは思ってた。なんとかして話す機会つくれないかなって考えてて、それで今日こなたを誘ったんだけど。…謝れてよかったよ。あ、気がすまないなら何でも言ってね。何でもするから。それでね、謝って、謝って、本当に心から謝って、それから…こなたと、お別れした方がいいのかなって、そう思ってた」 「え…?」 こなたがはじめてこっちを向いた。 真正面からこなたの顔を見れたのは本当に久しぶりだ。 「えーと、転校するとかじゃなくて、普通に学校には行くよ?でも、もうこなたとは…あんまり話さない方がいいんだよ…。そっちのクラスにも行かないようにするね…。私は…もう、こなたと一緒には――」 そこまで言ったとき、こなたが飛び込んできた。 「かがみっ…」 私の名前を呼びながら私の身体をぐっと抱き締めた。 「やだよ…かがみと会えなくなるなんて…やだよぉ…」 こなたの目には涙が滲んでいた。 身体が小刻みに震えている。 「こなた…?」 「かがみ…今度は私の話す番。…聞いて」 「うん…」 こなたは私に身体をうずめながら、囁くような声で、言った。 「かがみは、私のこと、どう思ってるの?」 「え…?そりゃ…親友よ。今、一番大切な友だちっていったらあんたになるわね」 むかついたり呆れたりすることも結構あるけどね、とつけたそうかとも思ったが、こなたの雰囲気にちょっと押されて、口に出すのはやめておいた。 「そっか…。…もう一つ聞かせて。今、かがみに好きな人っている?」 脈絡のない質問だったが、私には、その質問の意図するところがぼんやりとつかめたような気がした。 だからこそ、どう答えるか悩んだ。 難しい。 正直に言ってしまっていいのだろうか。それもまずいだろう。それとも嘘をついた方がいいのだろうか。いや、それでは何のための真剣な話しあいなのかわからない。 少し考えて、結局その折衷案をとることにした。 「いないといえばいないわね。ちょっといいかなーって思ってる人はいるけど」 「…わかった」 こなたはそれからまたちょっと黙ったが、意を決したように、しかし濡れた声で、言った。 「私…かがみのことが…好き…なんだよ…。大好き…なんだよ…。だから…お別れなんてやだよ…」 「…そう…なんだ…」 さっきの質問を聞いてから、なんとなく予想はしていたけど、やはりちょっと驚いた。こなたの口から、私に向かってそんな言葉が出てくるとは。というかこなたは私を避けてたんじゃ? 「あのね、最初にそうなのかなって気づいたのは、あのライブのとき…。覚えてる?つかさもみゆきさんも前が見えないで跳ねてた私のことに気づかないでいたところで、かがみだけが、私に場所譲って前見せてくれたよね?あの後…。なんだかすごくどきどきして、気持ちが落ち着かなくて…そのときはよくわからなかったの。お祭の熱とも萌えとも違う、この気持ちが何なのか。でもね、それから考えてみると、かがみのこと考えるとおんなじ感じになるんだよ…。これがきっと、好きってことなんだよね…。それに気づいてからは…もう止まらなくて…かがみと会うたびに、かがみと話すたびに、かがみに触るたびにどんどんこの気持ちが強くなっていって…。でも、女どうしで好きなんて、そんなこと言えるわけなくて…。ずっと我慢してて…それでこの2週間は限界だったんだよ…。もうかがみとどんな顔して会えばいいのか、何を話せばいいのかわかんなくなって…。かがみと一緒にいたら、この気持ちがあふれ出しそうで…。変だよね?おかしいよね?迷惑だよね…。ごめんねかがみ…。でも、かがみがキライになったからじゃないんだよ…」 そっか…そうだったんだ…。 「…それ、ひょっとして今も?」 「…うん…。もう押さえられないんだよ…。かがみが…かがみが…好きで…ごめんね…」 あとはもう言葉にならなかった。 こなたの嗚咽だけが部屋に響いていた。 気がつけば、こなたの顔は真っ赤で、目からは涙がぽろぽろこぼれていた。私の背中に回した手はぎゅうっと私の制服を掴んでいる。 私は息をついた。 そして、こなたの肩に手をかけた。 「こなた…ちょっといい?」 「…え?」 私はこなたを優しく身体から離すと、こなたの背中に手を回した。 「こなた…」 名前を呼んで、同時に唇を重ねた。 「んっ…!」 こなたは目を見開いたようだったが、私の方はすぐに目を閉じたのでよくは見えなかった。 時間にしてどれくらいだろう。わからない。ほんの10秒くらいだったかもしれないし、2、3分はそのままだったかもしれない。 私たちは、どちらからともなく唇を離した。 こなたをみると、目はとろんとしており、呼吸は浅く、荒かった。半ば放心状態のようで、全身から力が抜けているようだった。 私はこなたを抱きかかえると、そのままベッドに横になった。 「こなた…まだ…収まらない?どきどきする?」 「ん…」 こなたはぼーっとしながら、曖昧に声を出した。 「だったら…私の身体…好きにしていいから…。このままじゃ話もできないでしょ?ほら…」 私はこなたを抱く力を少し強めた。 それで、こなたはちょっと意識が戻ってきたようだった。 「え…でも…かがみは…」 「私のことなら気にしないで…。こなたのやりたいようにやっていいよ…」 「…あの…でも…わかんないんだよ…どうすればいいのか…」 こなたはまた少し泣きながら、戸惑いの声を出す。 「え?でもあんたよくゲームとかでやってるんじゃ…」 「…そういうのとは違うんだよこれは…。あ…じゃあ…」 こなたは私の身体に手を回してきた。そして、ぎゅっと抱き締めた。 「ふふ…さっきと同じじゃない?これでいいの?」 「いいんだよ…これで…。これが一番…落ち着くから…。かがみ…もっと、ぎゅってして…」 「うん…いいよ…」 私はこなたに抱かれながら、少しずつ力を強めた。 こなたの涙は止まらなかった。 「かがみ…ごめんね…いっぱいからかって…ごめんね…いっぱい嫌な思いさせて…ごめんね…いっぱい迷惑かけて…ごめんね…。…なんにもできなくて…ごめんね…。私は…かがみにいっぱいいっぱい好きって気持ち…もらったのに…。かがみの気持ち…少しも考えてなくて…今も私は自分のことしか考えられなくて…本当に…ごめんね…」 「こなた…大丈夫よ…大丈夫だから…。今はその気持ち、思いっきり出していいから…」 「うん…」 私たちは、強く、強く、抱きしめあった。 後編へ コメントフォーム 名前 コメント (/ _ ; )b -- 名無しさん (2023-08-22 13 55 38) 投票ボタン(web拍手の感覚でご利用ください)